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江戸後期の松前藩、道東のアイヌ民族へ文書 ロシアで確認:どうしん電子版(北海道新聞) hokkaido-np.co.jp/article/158148

Twitter doshinweb 北海道新聞

返信 リツイート9 8:31

返信先:@NiST_HH あんな顔、 普通は暴力団の、寅顔(猫人相=アムール川上流=アイヌ民族衣装の国)。

見に行けてないのも沢山あるな。弟子屈のアイヌ民族資料館はまた行きたい。

「北海道旧土人保護法」は、利権屋の収奪からアイヌ給与地を守るために作られた…しかし道庁が給与地を貸付地とすり替え、なんとか土地を奪おうとして問題となったのが「近文アイヌ給与地詐取事件」だった…「旭川・アイヌ民族の近現代史」

Twitter bamchamask ミスバンブー

返信 リツイート 12:35

アイヌ民族などは存在しない、というのは傲慢でもあり侮辱でもあります。国会における先住民決議の否定にも繋がります。同時にその活動の一部に利権や職業運動家が紛れ込み食い荒らしたことも事実でありましょう。その否定に民族そのものの否定をする必要はありません。 #紫音たんbot

Twitter siontanbot 紫音たんの適当bot

返信 リツイート 12:12

明治20年に国道が開設され、明治24年に永山、明治25年に東旭川、明治26年に当麻で屯田兵とその家族の入植がはじまる。その数、ペニウンクルの100倍… 「旭川・アイヌ民族の近現代史」

Twitter bamchamask ミスバンブー

返信 リツイート 12:07

明治2年に開拓使が置かれ、明治4年にアイヌを平民とし、入れ墨、耳輪を禁止、明治5年に土地を〝無主の地〝として官有地・御料地化、明治9年仕掛け弓の禁止、明治11年アイヌの呼称を「旧土人」に、鮭・鱒の河川漁を禁止…。まさに殖民…「旭川・アイヌ民族の近現代史」

Twitter bamchamask ミスバンブー

返信 リツイート 12:00

明治10年ごろは、日常語もアイヌ語で、愛別、永山、近文、神楽にコタンが散在し狩猟・漁労中心の暮らしをしていた…「旭川・アイヌ民族の近現代史」

Twitter bamchamask ミスバンブー

返信 リツイート 11:55

“江戸後期の松前藩、道東のアイヌ民族へ文書 ロシアで確認:どうしん電子版(北海道新聞)” htn.to/abZzSwfR #道南 #歴史

Twitter ehakodate e-HAKODATE

返信 リツイート 11:50

40億かけてこんな建物建てるなら他にアイヌに対してやることあるだろーに 40.8億で竹中JV/国立アイヌ民族博物館建築/北海道開発局WTO | 建設通信新聞Digital kensetsunews.com/archives/148367

旭川(ペニウンクル)からみたパナウンクルは何処かというと、神居古潭の向こう側…つまり雨竜や新十津川あたり を指すのか〜「旭川・アイヌ民族の近現代史」

Twitter bamchamask ミスバンブー

返信 リツイート 11:40

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