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僧朗の弟子は僧詮そして、法朗ー吉蔵(549-623)と直接つながりますので、非常に重要な人であり、吉蔵もよく著作に彼の説を引用します。 僧朗が出身地で鳩摩羅什の学を学んだのなら、高句麗に既にこの頃から三論宗があったのかな?とも思うのですが、よくわかりません。

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加藤 拓雅@月光堂@totutotudojin

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次に、これは高句麗ではなく、百済出身なのですが慧均がいます。(いつか、記憶で高句麗出身と書いたと思いますが、誤りです。謹んで訂正致します) 吉蔵(549-623)とは兄弟弟子。百済→南京で学び、最後は故郷の百済に帰り執筆活動をしたようです。

加藤 拓雅@月光堂@totutotudojin

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