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崇神以前を見ると、開化は最初の妻が丹波の竹野媛だから、丹後に行った。次が春日の姫で、ここに率川宮を構えたが、最後に葛城に行って妻を娶る。春日と葛城は、歩いて半日ぐらいだから、二股もありか。 孝元天皇は、ウツシコメ、イカガシコメは河内北部で同族だから、同時二股ありて、

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鬼塚健太郎@KentaroOnizuka

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同時二股ありで、埴安媛はたぶん南河内、つまり恵我のあたりだろう。埴のあたりで、出雲系土師氏とからみそうだ。 孝霊天皇は、神武以来の妻複数だが、最初の妻が十市(か磯城)で、二人目が春日、で、三人目と四人目が、淡路島、ハヘイロネとハヘイロド。まあ、淡路島では二股だろうか。

鬼塚健太郎@KentaroOnizuka

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