私は境界線の上を歩いている。どうして歩き続けないとダメなのか。理由は見つからず、いっそのこと全身を預けて倒れてしまいたいが、どうにか足を動かす。あちらに倒れれば全てが無くなるだろう。そちらに倒れても誰も助けてはくれない。いつ終わるか分からない、この見えない線が今は苦行でしかない。

「地球儀をライトで照らす」 「光あれ！」 「闇一色の世界に昼が灯る。西の縁が朝で東の縁が夕だ」 「じゃあ縁全体は朝焼け夕焼けで赤く？」 「それで地表が染まるのがモルゲンロートとアーベントロート」 「赤富士！」 「一方、南北の縁は明暮渾淆の謎焼けに」 「謎富士！」 「うんそれは違うよ？」

始めに真っ白なカンバスがあった。そこは自由だった。 まず君を描くと、自我を持ったが孤独になった。 次に横線を引くと、飛べなくなったが地面に立てた。 家を描けば安息を得るが怖い外が生まれる。 線とはこういうものだ。 ところで今君が引いたその線は、失ったものに値するものを生み出したのか。

ヒトには超えてはいけない領域がある。 しかし僕はそれをずしりと超えてしまった。 それは多くのものを失うことになった。 引き換えにただ一つの異能を手にすることができた。 僕は今、境界線の上を綱渡りしている。 今日もまたあちらの世界が手招きしている。 あぁ、明日もまた堕ちていく。

橋を渡れ。 そう言っていたのは狐だったか化け猫だったか。 夕暮れ、夏の終わり、蜩の声。 遠くで烏が鳴いていた。 村と山を隔てる沢。そこに架かる一本の橋。山影が落ち、橋を二分していた。 此方と彼方。それはあわいを許さぬように線を引いていた。 幼い頃の記憶だ。 この村は昔から神隠しが多い。

これが私の境界線 あなたを見つめるときに絶対に必要なガラスの板 これが私の境界線 あなたをあなたとして見せてくれるただのレンズ これが私の境界線 あなたとどれだけ離れていても会うためのゴーグル これが私の境界線 あなたとどれだけ近づいても会えない仮想現実

鏡越しに見つめ合う僕と私。 僕が手を振れば私も手を振り、僕が笑うと私も笑う。 何時でも一緒にいる僕と私。 僕は服やアクセサリーを私に上げる。 私は深海を泳ぎ、空を飛び、宇宙を旅行し様々な体験を僕にくれる。 越えられない画面の向こうを見ながら、私やわたしになり、ぼくになる。

君は朝が怖いと言う。何もかもを照らす朝日が怖いと言う。午前三時、僕は君の弱音をじっと聴いている。君の紡ぎ出す言葉は震え、夜と朝の狭間に消えてゆく。 じきに僕達は朝を迎える。大丈夫。大丈夫。怖くないよ。この境界線の向こうでも、君は綺麗で素晴らしい人に変わりはないのだから。

生まれた時は、個だったのに 紙切れ一枚で繋がることがある。 二人で境界線をなくすその紙に名前を書いた時は3日で終わるかもなんてね。 あれから20年、別の時間軸を生きていることにふと気がつくことがある。 死ぬ時は個だから、その時にまた境界線を意識する。 だから、今が長く続きますように。

マレーシアの学校では、同じ民族同士でグループが出来上がるのだという。 見た目や文化の違いによって生まれる見えない境界線。 心地の良い境界線の中に住まうことは悪くない。 ただ自分が境界線のどちら側に行くべきかわからない人だってある。 その存在こそが人々を越境へと導くのかもしれない。