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そういえば、確かリチャード・ダイヤー先生が、リリアン・ギッシュのご尊顔を白く輝かせる自然を超越したライトが、見えないはずの「無垢と純粋」を、観客が見てわかる物質的視覚性に変える、と論じていたが、最近、白人の主人公と親しい間柄の非白人キャラクターが、「無垢の記号」として使われがち?

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鷲谷花@HWAshitani

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『ラストナイト・イン・ソーホー』でも『プロミシング・ヤング・ウーマン』でも、白人のヒロインは黒人の異性もしくは同性と親しくなり、それが「悪」ではない指標ともなるが、ことに後者のカフェの同僚(ラヴァーン・コックス)は、固有の人柄や生活が見えず、ヒロインの「無垢の記号」に徹してた印象

鷲谷花@HWAshitani

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