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西田は『善の研究』で純粋経験を明らかにするために、心理主義の領袖(りょうしゅう)とされるヴィルヘルム・ヴント(Wilhelm M.Wundt 一八三二-一九二〇年)の考え方をいわば叩き台のように用いている。 他の心理学的所説も同様の扱い方をしている。 『西田幾多郎 生成する論理』気多雅子

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安西大樹(あんざいまさき)@merginalman

みんなのコメント

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気多雅子→氣多雅子 訂正してお詫び申し上げます。

安西大樹(あんざいまさき)@merginalman

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西田は、純粋経験の考え方を育て上げるために、哲学と心理学の立場の違いを意識しながら、その両方の所説を糧としたと言ってよいであろう。意識現象ないし純粋経験の語が意味するものは、当時の哲学の議論の系譜と台頭する心理学との交錯する争点に位置していた。 『西田幾多郎 生成する論理』気多雅子

安西大樹(あんざいまさき)@merginalman

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