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ただ、ユリアヌスは暴力でなく、策略によってキリスト教勢力を弱めようとした。 ①キリスト教の内部対立を煽る →アタナシウス派とアリウス派の両方をあえて認める。キリスト教同士の内部抗争を煽ることで、疲弊させる。 さらに、ユダヤ教徒にエルサレム神殿の再建許可を出すなどもしたんだ。 pic.twitter.com/o0eOltHx4Y

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かっぷけーき@世界史女子@worldhistorygir

ユリアヌスは自らギリシア・ローマの神々への信仰に復帰し、神殿の再建と神々への祭祀の再開、ギリシアの文芸や美術の保護などを命じたんだ。 別に、キリスト教禁止なんてことは一言も言ってない。 彼自身は古来の神々への信仰をしただけで、弾圧行動は一切行っていないんだ!

かっぷけーき@世界史女子@worldhistorygir

みんなのコメント

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➀はコンスタンティヌス帝の時と大差無いよね。 神殿もキリスト教にとっても旧約聖書の時代の総本山として重要な物と解釈されている。 彼がキリスト教に敵対的であった事を誇張する記事かも知れない

武蔵猫(无邪志根子)@TweetCat16

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