ポスト

その代表が故・小笠原登医師だ。この人は戦前からハンセン病が伝染するというのは「迷信」だと訴えて、治療法が確立する2年前の41年には、新聞で「治療ができる病」だと主張する。しかし、これがマスコミ、学会の逆鱗に触れてボロカスに叩かれ、「偽・誤情報」扱いにされた htn.to/35RcWneboM

メニューを開く

paravola@paravola

みんなのコメント

メニューを開く

この言論統制が、1953年の「らい予防法」(全てのハンセン病患者を隔離の対象とし生涯施設に入所させる)にもつながっていった。日本政府がこの法律を廃止して、自分たちの過ちを認めたのはそれから43年が経過した1996年だ htn.to/35RcWneboM

paravola@paravola

人気ポスト

もっと見る
Yahoo!リアルタイム検索アプリ