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『功名が辻』が書かれた時代って、農村から都会に出てきて、それが核家族を作って、そんでもって、のちに関川夏央いう「知的大衆」が生まれ始めた時代でもあるんですよね。司馬遼太郎もまだ東大阪の公営住宅に住んでいたころじゃないかな。その意味で千代と一豊は読者をグッと掴むことができた。

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樋口左衛門尉隆晴@saemonhiguchi

これはいいなぁ。昨今、界隈で話題になっていることを「腰間三尺の秋水」でって感じだ。 オレ司馬遼太郎ファンなんだけど、『梟の城』と『功名が辻』の間にある読者の時代差(意識の差か)なんて結構面白い。それが『坂の上の雲』に変化してゆく。その間どのような時間の変化があったのか。

樋口左衛門尉隆晴@saemonhiguchi

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