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「不正」の心理プロセスから、ドストエフスキーの『罪と罰』を感じる。不正を働く組織・個人は、不正を「必要悪」として自分なりに正当化し不正を行うのだ。客観的にみれば整合性が取れていないとしても。 一つの論点として「偏り」があるわけだが、複数の社会への所属は「偏り」を揺り戻してくれる

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人生とポートフォリオ@lifepf00

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