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確かに理由(律)または目的因(的な何か)がなければ「十分条件」が欠けるので「必然十分(条件)」には決してなり得ないと言えます。アリストテレス、デカルト、ライプニッツ、ヒューム、カントなど皆着目したのはそのポイントですね。

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清水高志@omnivalence

充足理由律とか単に理由律とも訳されるが、これを一応立てられてはいるが実際語るのは無理ゲーな仮定なのではないかと思っていたが、これ自体最善律ともリンクした目的因的なものなんだな。しかもときどきセールが「十分条件と必要条件」の話をするときの「十分」もここから来ているのか。

永澤 護/dharmazeroalpha@哲学@XlGjfmYpCchopJ6

みんなのコメント

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必要条件により何かが起こった/生じたと言っても「本当にそれが起こったまたは生じたと言えるのか/言えるのは何故か?」というルイス・キャロル的パラドックスが追いかけてきます。ただしアリストテレス、デカルト、ライプニッツ、ヒューム、カントとルイス・キャロルのバトルも半永久的に未完です。

永澤 護/dharmazeroalpha@哲学@XlGjfmYpCchopJ6

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訂正→「必要十分(条件)」

永澤 護/dharmazeroalpha@哲学@XlGjfmYpCchopJ6

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