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1日3回の投薬が必要な猫がいて、遠出は出来ない。 この3回まで落ち着くまで群発発作やお薬の微調整に2年半。 毎日赤ちゃん用のスリングで抱っこしながら仕事してた時期もあった。 生々しい「死」というものがすぐ隣にいる日々だった。 「猫でしょ。そんなの私は無理」
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その人は長年障害のある子を介護して同じような生活をし苦労はたくさん知っていた……はずだった。 亡くなってからは施設にお花を寄付したの、と鼻高々に話していた。 命を守る大変さや苦しさを知ってなお、 そんな言葉がでてくる。 その人にとっては娘を大切にすることすら自分アピールだったように