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来週に向けて呟いておくと、『枕草子』は過去の文明の記録というだけでなく、未来へ開かれてもいます。第一段から春夏秋冬の美しい瞬間を切り取っており、その観察眼は世の隅々へ向けられていて、つまり「この世界は美しく、生きるに値する」と祝福を記しているのですから。呪うな、祝うべし、と。
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清少納言が第一段で四季を並べたのは、勅撰和歌集を意識したからと言われています。勅撰和歌集は、編纂を命じた帝(=暦を定める者)の治世のすばらしさを時空間へあまねく広げるよう春、夏、秋、冬それぞれの歌が順番に並べられます。それを清少納言はひとりで、中宮定子のために書いたわけですね。