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ルーズベルト大統領に戦争に引っ張られ、軍民問わず国民の多くを殺され、日本各地ではルーズベルト呪殺の祈願がなされ、いざそのルーズベルトが死んでみな喜んだ中で 「私は深い哀悼の意をアメリカ国民の悲しみに送るものであります。」 とやった鈴木貫太郎(総理)よ。 pic.twitter.com/znta4kVSXG

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はくえー🔱【各国の王侯情報紹介】from:西方元老院@tomoshibi6o6o

みんなのコメント

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最後の江戸時代生まれの総理であり、日清戦争・日露戦争に従軍して、昭和天皇の覚えめでたく侍従長となり、二・二六事件に遭難。 重臣の多くが殺されたが、陛下は鈴木侍従長の生死を特に気にしていたとか。 終戦に向けて、老身ながら回復した鈴木は天皇陛下に相談され、「最後のご奉公を」と総理に。

はくえー🔱【各国の王侯情報紹介】from:西方元老院@tomoshibi6o6o

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ヒトラーはルーズベルトをこれでもかってくらいこき下ろしたので余計にナチスは話し合いの余地すら無いことを印象付けてしまった。一方で鈴木内閣の声明で日本政府が交渉の余地があるという印象が連合国についた。

月见炒饭国家主席(非公式)@Izuminnaga10

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千葉県野田市にある「鈴木貫太郎記念館」では、 夫人による「2・26事件」の証言を残したDVDも 見られるので、 興味がある向きはぜひご足労を。 pic.twitter.com/bH6FjjepLP

水無月 守宮@心に一番星を@MMoongekko

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ほんとこの人がいなかったら今の日本はなかった

⛩️みんみん⛩️@ARAISans

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直接の面識はあったのかな。

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海軍上層部は1938年頃からすでに敗戦を予想していたのではないか。 実際の戦争遂行より、戦後再建をやりやすい敗戦はどんな敗戦か、が海軍のテーマだったのではないか。

cogitoergosum@eatingworker

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外交辞令だよ。 イランのライシ大統領死去に、各国が弔電を送っているのと同じ。

32/57EUR@3257EUR

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これは日米の歴史関係をわかってる人の発言ですわ……戦争が殺し合いだが政府間における外交の一端だと言うことを知ってる人。

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この鈴木総理の弔辞はアメリカ国内でもラジオで放送されて、ドイツからアメリカに亡命していた作家トーマス・マンはそれを聞いてドイツと日本の違いを痛感して日記に書いてたと、マンファンの作家北杜夫が書いてた。(ドイツからは呪詛の発表が出ていた)

graphy29@graphy291

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ドイツ→ブリテンの戦いが敗戦濃厚になった1940年夏。 日本→南京陥落によって中華民国を屈服できなかった1937年冬。 日独の敗北はそれぞれ確定し、あとは負け確定の戦争を引き分けに持って行くための無駄な努力であったのではないか? 鈴木首相の発言は戦後を見据えての発言では?

cogitoergosum@eatingworker

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