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→ 自然権は自明性のある概念だけなので、個々人の生きがいの殆どが思想の自由空間上にいて、好き嫌いで判断されるしかないものなので、だれもが自分の好きなものを否定される可能性があり、理論的に正当性を言うことはよくされるが実質は思想の自由に反する違憲状態という、→
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→ 自分を守るためには他を否定しないという自然権の遵守しかありえないという意識が差別などの問題の回避策だと思う。 好き嫌いを思うことも言うことも自由だが、自己決定権などを阻害する根拠にした段階で差別である。→