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?)の法嗣とするものとがある。雪巖と蒙山とは、法系上、共に五祖法演下の七傳の法孫に當たり、卒年は雪巖の方が二十年ほど早いが、同時期に活躍した禪僧である。 元代の禪門においては印可を複數得ることは珍しくなく、出世の際の嗣法拈香が注目を集めた時代であり、鐵山がどちらの法系に屬していたか

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潙山門@HekiganMumon

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は、ここでは大きな問題ではあるまいが、鐵山は「住持を受けた後、雪巖に承嗣した」(『五燈嚴統』卷二一)とされ、中峰の法嗣である千巖元長も鐵山について「親しく仰山慧朗老人(=雪巖)の記記別を承けた」(『千巖和尚語錄』)と述べているから、既に遷化していた雪巖に嗣法香を焚いたと考えて間違いある

潙山門@HekiganMumon

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