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太安万侶は和銅5年(712年)1月に古事記を元明天皇に献上し、同月に勲五等に叙勲されている。 この叙勲は武勲では無く古事記を献上した功績に見える。 彼は日本書紀の第一回講筵で博士を務めている事から日本書紀編纂においても最重要人物だった可能性が有り、同書において多氏は綏靖天皇の子孫!
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多氏が第二代綏靖天皇の子孫、つまり最古の皇別氏族とされているのは太安万侶が日本書紀編纂においても中心人物だった事を示唆しているように見える。 彼は日本歴史学の原点だったのかも知れない。 スーパースターやな😅