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🧵対話の拒絶は、現状の圧倒的非対称や不平等、不公平、差別に対する抵抗のふるまいです。 対話のテーブルついて、「彼ら」が繰り広げる論点で議論が進められれば、すでに主導権は「彼ら」が持っているのですから、そこで語られる物語は「彼ら」の物語です。その非対称が改善されないかぎり、→
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→「わたし」の物語のナラティブは、常に「彼ら」の物語に回収されるだけです。 それを対立のように言われても困ります。それは対立ではなく、圧倒的非対称です。 それを含め、当初から戦争ではなく虐殺であると言う主張が、パレスチナ人からも、いわゆる「歴史の正しい側」の人々からも→