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新里先生による朝比奈さん追悼文がタイムスに載るそう。そして沖縄喜如嘉で戦時中「敵軍であっても親兄弟がいるはず 遺体を収容しよう」と行動を起こしたこと、戦後1946年の喜如嘉校歌制定の歌詞が、①挾間②苦難③嗚呼光栄④いで蛍雪の 「は、く、あ、い」の頭文字、受容できる風土であった説明も。

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Yoriko Dōguchi@noranecotv

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