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菊池桃子、斉藤由貴、南野陽子 1985年‐1987年 シングル pic.twitter.com/DUC8l4CP75 x.com/msdatabase/sta…

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菊池桃子、斉藤由貴、南野陽子 1985年‐1987年 シングル+LP+CD+カセット売上推移 (単位:円) pic.twitter.com/c7SzpZywK5 x.com/reminder_top/s…

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みんなのコメント

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85年=桃子 86年=由貴 87年=南野 というのが分かりますよね👍👏😊 最近この3人が当時シングルアルバム共に売れてましたが全国縦断コンサートとかを精力的に行っていた印象がない(自分が知らないだけかも)3人だなと思ってました🎶🎤🤔🧐

青色好生@Bluelikeboy37

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私の記憶では斉藤由貴ちゃんは悲しみよこんにちは〜砂の城辺りは初動5万枚ぐらいだったので発売日を調整すればもう少し1位取れたかも?とも思うのですがこの頃はおニャン子が毎週代わる代わる曲を出してたのでやっぱり運だったのかなあ?初動売り上げピークとおニャン子のピークと重なってしまった。

ショウジショウイチ@461111

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菊池桃子は作曲林哲司で一貫してたのが聴く方も安定感あったのかな。まあこの後ラムーでやらかしちゃうけど 南野陽子の87年からの快進撃は「あれ、アイドルってやっぱりブスより綺麗な方が良くない?」と社会が気付いたからだと思う(つまりおニャン子クラブ凋落と同タイミング)

二茂@nimo_42

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今でも耳にすることがある『卒業』や『悲しみよこんにちわ』でも成しえなかった唯一の1位を『青空のかけら』で成しえたのは意外な結果ですね。 しかもおニャン子クラブが全盛だった86年8月発売での1位というのも凄い。

鴨せいろそば二杯目@koigokorooosima

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