ピアノは嫌いだ。 音を聴くと泣いてしまうから。 そう言った彼は、今日もピアノを弾く。 彼の音色は優しく繊細で、悲哀に満ちていた。 何が君にそうさせるのか。 尋ねると彼は、届けたいから、とだけ呟いた。 彼は楽譜を使わない。代わりにいつも一枚の写真を置く。 誰の写真なのかはとても聞けない。

股間でピアノを弾いた男が、ひょんなことから大統領に。 支持率20％も彼には気にならなかった。 そんな彼が、窮地で見せた、戦う決意。 ミサイルが飛び交う中での、演説。 私は、ここにいるという言葉。 多くの人が、心を動かされたのだ。 その不屈の精神は、決して滅びる事のない栄光を得るだろう。

「椅子一つを二人でシェアするこの狭さ。すぐ隣から伝わる相手の動き、気配、表情に温もり、呼吸が直に演奏に返るのが連弾でしょ？　それを視聴覚だけの世界でしてもねえ？」 「……そうかしら」 「なっ、耳許で喋るなって！　……もう、バーチャルじゃなかったら」 「バーチャルじゃなかったら？」

蜜蜂を待つ花の心で演奏を聴いた 霞んだ瞳と 細くなった指から 生まれる音色は 花粉を纏う六本の脚のように脆く 空気を全力で押す羽のように強く 白い花の咲く庭で 命を燃やす黄金のはばたきを聴いた 私が彼のいた場所で 埃の被った鍵盤を押すと 横に止まっていた蜜蜂は 何処かへ飛んで行った

朝から聞こえるピアノの音。それに釣られるように集まり聞き惚れる。演奏が終わり一言「朝からありがとうございます。では行きましょうか」 インスタンスが立ち上がり移動する。 軽快なピアノの音と共に体操を始める。 毎日行われるルーティン 今日も起きれてエライ！

いつかの帰り道。 遠くもないところから音色が聴こえる。 誰かがピアノを弾いているようだ。 それは決して上手くはないが明るく弾むような音色をしている。 その音色につられて鼻歌を歌ってみた。 足取りも軽く、ステップを踏むように家路を急いだ。 誰かの弾むビアノの音色とともに帰路に着く。

とんとんと肩を叩かれる。 どうしたの、と振り向くと、あのね、と君は僕の耳に口を寄せた。 手で口を隠して、こそこそと、君は囁く。 僕はその小さな声を聴き洩らさないよう耳を澄ます。 僕にしか聞こえないくらい、小さな音。 君の小ささに耳を澄ますのが、僕は愛おしくてたまらないんだ。

昼は縦笛の音が反響していた音楽室も、今はしんと静まり返っている 私は今日もピアノに向かい合って音を奏でる ミ レ# ミ レ# ミ シ レ ド ラ～♪ こんなに頑張っているのに誰も聴きに来てはくれない でも私には喜んでくれる人がいる ―やがて静けさが戻ると壁のベートーベンが優しげに笑ってくれた

お母さんが留守のうちに、ゆっくりと重い蓋を開けた。 あのひとがよく口ずさんでいた曲を、一音ずつ探りながら辿る。 ピアノの曲なんかじゃないけれど。楽譜なんて読めないけれど。 音が合わなくて、つい自分で口ずさんでしまう。 あのひとがどこかへいってしまった。 隣にいてほしいだけだったのに。

しろくろしろくろしろしろくろ 白が少しだけ多いから　やさしく見える しろくろしろくろしろしろくろ 黒がいつもいてくれるから　眩しくない しろくろしろくろしろしろくろ あかもみどりも好きだけど しろとくろだから見つめるの しろくろしろくろしろしろくろ