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まさに学問への軽視そのものですよね…文化財に指定されてなくとも、普通の土器でさえも時代によって形状材質に違いがあり、その量が担保されることで初めて編年が組めたり、地域性を考察できたり、過去のアプローチが可能になる訳で…残しておくことが後の研究に繋がるのに…
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人々の営みの中で、自然と取捨選択(偶然もあるでしょうが)された結果が今の眼前の資料だとすると、これから残す資料は、然るべき知見によって取捨選択されるという意味では、文化財担当職員や研究者の責任は重いと言えるかもしれませんね。