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庶民が火葬した遺骨をおさめる墓を建てるようになったのは、戦後になってから。土葬時代は墓など庶民はまったく作らなかった。その点で、墓は高度経済成長が生んだブームの一つ。ブームにはいつも終わりがある。だから、最近になって墓じまいが増えている。ブームの後処理だ。

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島田裕巳@3刷出来『「日本人の神」入門』講談社現代新書@hiromishimada

みんなのコメント

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田舎のお寺へ行けば江戸時代の庶民の墓なんてわんさと有りますよ。少し調べればわかることです。

地蔵和尚@6l9yPzh1C355288

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江戸時代から皆夫婦単位で建ててますよ。それ以前はそれこそ土饅頭にカマと、化けて出てこないように玉石を乗せるだけだったようですけど。

丞の字@sukenozeon

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うちの実家のお墓には享保年間とかの墓石がいくつもありますよ。田舎の農民ですが。

nobby🐶@nobby_k

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▶️土葬時代は墓など庶民はまったく作らなかった。 青山墓地は明治7年から市民墓地になって土葬で墓作っとるけど?😎 pic.x.com/piff4xlgjj

ひろゆき@婚活阿修羅ギバーの勧め@hirox_marriage

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我が家は1600年ごろからの墓石が林立していました。石で作られているからこそ、ルーツを辿れる、これもとてもいいことだと思います。しかしこれからは確実に変わっていきますね。少子化、非婚化がどんどんと進むでしょうから。時代の流れだと実感します。

野の花@mitakaforest

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ウィキみれば、火葬は、最古で590年±75ねんとあるから、すくなくとも戦後じゃないよな~。 それに、火葬が、ブーム? その程度の認識ですか。

英の破邪顕正V7@世界正義の実現Zと真祖天御祖神@Hajakensho007

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こんにちは。墓を整理すると下から古い墓が出てきたとかあるみたいですし、昔は同じ場所に新しい土葬の墓を作る時代もあったということですか。

cotonam@m7m5ea

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岐阜市中心部から車で北に30分程度の集落、今の山県市の一部では2004年まで土葬でした。2005年3月末に死んだワイの爺ちゃんが集落初のレッツファイヤー葬でした。なお墓地のスペースが無いので骨壷はいまだに仏壇の前に安置(放置?)の模様。

細川勝元@miraiyokosuka

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中宮定子でさえ「鳥辺野(鳥葬)」とありましたね。私も幼少より「やっと墓を建てた!」と喜ぶ人たちの感情が共感出来ませんでした。日本では最早鳥葬は無理だけど、散骨は可能らしいので、死んだら骨を日本海の久六島沖に流してほしいです。暗く硬い石の中に閉じ込められたくない。千の風になりたい。

小野田 英(ONODA Takeshi)🐾нет войны 💙💛🇵🇸(He/His)@onoda_oyanz

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我家の墓は江戸時代から続いていますが、、、

ϵ( 'Θ' )϶喫茶去☕️@yuiriyama

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