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2))って広島14万人長崎7万人合わせて21万人の人が一瞬のうちに亡くなりました。辛うじて生き残った人は放射線の熱線による火傷や放射能による後遺症原爆症に悩まされながら生きて行かなければなりませんでした。10日早く終戦していれば広島・長崎の悲劇も起こらなかったのです。被爆直後草木も生➡続く pic.x.com/TzJEVzcnWa
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3))生えず75年と言われた広島長崎。80年経ち爆心地を草木緑が覆う一方で被爆者の大半が鬼籍に入りました。被爆者手帳保持者の推移は昭和56年(1981年)の37万2千人をピークに毎年1万人近くが減少し現在10万6千人平均年齢が86歳です。昭和29年(1954年)3月アメリカによるビキニ環礁での水爆実験➡続く pic.x.com/s1BC4iYQ6c