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汁かけ飯は中世に上流階級の食べ物として生まれ、江戸時代には都市部の町人にも広がっていきました 明治時代以降、都市部での汁かけ飯は廃れ、炊き込みご飯や混ぜご飯に取って代わられます 「汁かけ飯は下品」という思想が明治時代以降表面化しますが、地方によっては汁かけ飯が残存します (続く) pic.x.com/dLkc4aAZSc
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↓ まず民俗学者の田中宣一、松崎憲三による中世~近世の主食の説明(『食の昭和文化史』より) 我々が食べる白飯=姫飯は、中世では武士・貴族階級の食べ物であり、その食べ方として“汁かけ飯が尊重”されていました 武士・貴族階級以外は (続く) pic.x.com/JyscnCfddv
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足利義輝や織田信長も好んで汁かけ飯を食べ、戦時中は敵性語認定からカレーライスが汁かけ飯呼ばわりされていたのを知るとなんとも。 今のように保温式炊飯器や電子レンジ、ガスコンロが自由に使えない時代には下品と呼ぶ人の社会的立場を見ないとフェアじゃない、冷や飯食いという言葉もあるからと。
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14世紀初頭に孤山隠士という越前の天台僧が書いた『愚闇記』に「踊躍の衆、面々飯汁御菜混合の事」とあって、当時の踊念仏の連中は飯汁菜っぱごちゃ混ぜにして食べててけしからんと批判しているところがあります。あの当時の汁かけ飯の位置付けがどうだったのか気になります。



