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明治以来、日本の学校空間における教養とは、ドイツ教養主義的な教養のことを指していた。古典的には歴史、文学、哲学などの文系的非実学こそが、人格を陶冶するというのがその核心。文系非実学の言い換えが「教養」だったとも言えるわけで、理系がそこに含まれていないことに怒るのはお門違いだろう。
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教養は、ある程度体系化された学び(雑学との区別)だが、その人の専門の外にあり、直接は役に立たないが、物の見方や考え方に影響を与えているものってイメージ。シュレディンガー方程式の内容とか歴史的経緯とか人間の文明に与えた影響とか知ってるのは教養と言っていいのではないでせうか。
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左は普通に自然言語によくある定義不足と循環参照による"見掛け倒しの難しさ"で、右は理論的な難しさ 名著の作者は大抵死んでて、本人に定義を確認できないことをいいことに多義性にかこつけて好き放題拝め倒してる 哲学はもう荷を下ろし、20世紀後半は物理学、21世紀は電子工学とAIに引導を渡した



