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菊竹清訓建築設計事務所 写真の右側の机でエスキスをし、左側のドラフターのついた製図板で図面をひく。 このふたつの製図板の距離は、エスキスの方のイスに座って、図面に書かれた5mm 角の字が楽にみえるようになっている。――ここでは字の大きさは、すべて5mm角に統一されている。 (a+a1964年3月号) pic.twitter.com/o2a4bFyeqM
我入道生まれの作家、芹沢光治良記念館(沼津市) 鉄筋コンクリート製の左右対称型の建築は菊竹清訓が設計。 中央の螺旋階段は漁具の浮きを用いており、まるで深海へ沈んでいくかのような蠱惑的な吸引力がある。 我入道公園に隣接、目の前に駐車場🅿️あり、入館料100円。おばんのふところもあるよ。 pic.twitter.com/eUr7O0qic0
創造系不動産がある両国界隈には、見応えある建築物がたくさんありますが、菊竹清訓『江戸東京博物館』が、大規模修繕中で逆に見応えあります。もともとの巨大な下駄のようなキャンチレバー空間を埋め尽くす、ものすごい足場。… pic.twitter.com/ZYEURvi6oY
引き続き先月の久留米から。こちらは8年ぶりの再訪です。清水建設の『工事年鑑』1964年版に当時のカラー写真が載っていたので、同じような角度で撮ってみました。 🔹石橋文化ホール&石橋文化会館(1963・S38/菊竹清訓建築設計事務所) pic.twitter.com/YzLUGWIayR
#水木しげる生誕祭(19)「ホテルエリアワン境港アリーナ」 一度泊まって見たかったホテル。3Dダンジョンのような無限ループする廊下に、充実した朝食バイキング。無料レンタルサイクルで「夢みなとタワー」や「境港さかなセンター」の方に簡単にアクセスできるのもいい。設計は菊竹清訓(きよのり)で、 pic.twitter.com/Q1J5lEZs26
最終日、この日はいよいよ聖地膳所へ。膳所駅の超巨大看板にまず感動。駅を降りてすぐときめき坂の地名を見つけまた感動。つい数年前までこの坂降りたら西武があったんだな。調べると菊竹清訓の設計だったらしく、無くなる前に行ってみたかったなあ、と今更ながら思う。 pic.twitter.com/PaimRiTHaA
ハイサイドライトから自然光が入る展示室。美術品保護との兼ね合いもあるのだろうけど、やはり気持ち良いですね。 ※ちなみに昨年から展示室内の撮影が可能になってます。(撮影禁止の表示があるものを除く) 田部美術館(菊竹清訓1979) pic.twitter.com/7hPY0JQVOy
GWは特に予定を入れていなかったのですが、全く遠出をしないのも勿体ないなということで、館林市、佐野市に来てみました。 まずは旧館林市役所(菊竹清訓、1963年)。四隅のコアからボイドスラブを跳ね出した構造。出雲大社の庁の舎と同年竣工、東光苑の前年。神がかっている。… pic.twitter.com/Y8JsO3XEYp
松江駅からバスで約12分ぐらいで行ける島根県立美術館。(バスは外回りと内回りがあるので、ご確認を)今回は、ここを訪れるのも、とても楽しみにしていた場所です。設計は菊竹清訓氏。福岡県久留米市にある石橋美術館(現、久留米市美術館)の設計者でもあります。緩やかな波状の天井に宍道湖の景観。 pic.twitter.com/GV5ktQ2VJm
旧館林市庁舎(菊竹清訓1963) GW前半唯一の遠出となった見学会に参加。痺れる程大胆な階段の手摺り壁等、採光部分での“陰”と“陽”の対比が上手い。派手めな外観に比べ意表をつく内部デザインに見所が多いですね(^o^) pic.twitter.com/pFIvXiNK3X
こちらは国鉄久留米駅(菊竹清訓 1948)、ブリヂストン、現•アサヒシューズ、現•ムーンスターの工場、現•石橋迎賓館(松田軍平 1933)、旧久留米市庁舎などなどがなんとなく分かる 下の方に写るブリヂストンのアパート、17,18号が菊竹さんらしいけど、どれだろう(まだない時期の撮影かも?) pic.twitter.com/PiJMCko2X3
渋谷区 宇田川町 21-1 西武百貨店 渋谷店 渋谷最後のデパートです✨ 井の頭通りの始まりに建つ 外観デザインも、 令和の硝子カーテンウォール のビル群とも一線を画した 個性ある存在感で、斬新です。 元所有者は松竹映画、国際東急 設計は菊竹清訓、施工は清水建設 #西武百貨店渋谷店 pic.twitter.com/HXb7q0vjfb
次に訪れたのは久留米城址にある菊竹清訓氏の作品。お堀の下から遠目に見たことしかなかったので行ってみたら、展示替えのため4/19まで休館中でした。たまにはそんなこともある。 🔹有馬記念館(1960・S35/菊竹建築研究所) pic.twitter.com/Pyl5LVw1ZX
「FUIGO TATEBAYASHI」 maps.app.goo.gl/as86gLcWtZr1iV… 建築家・菊竹清訓氏が設計したメタボリズム建築の旧館林市役所。現・館林市民センター(中部公民館)にオープンしたカフェ。 pic.twitter.com/Wx2f0cvZ3W
1970年の大阪万博には丹下健三、黒川紀章、菊竹清訓など著名建築家の作品が並びましたが、終わるとほとんど取り壊されました。数少ない生き残りが、前川國男の鉄鋼館(現EXPO'70パビリオン)。広い万博公園にポツンと立つ鉄鋼館は「建築とは何か?」「万博とは何か?」を問いかけている気がします。 pic.twitter.com/1HnviQfr0P
万博に関して私が思うのは、短い会期の間だけ建てるパビリオンという建築の意味は、もはやないのではないかということです。今、世間で騒がれているのは主に財政的な問題ですが、環境的にも多くの資材を使って作ってすぐに壊すことは、どんな著名な建築家の作品だろうとありえないと思います。
返信先:@mori_arch_econo2005愛知万博「グローバルループ」(菊竹清訓)のように、最初からリサイクル可能な鉄製(床材もリサイクル可能な合成木材)にしとけばよかったのに どうしてリユース困難な木造にしちゃったのか? 藤本壮介が「世界最大の木造建築」という称号に目がくらんだとしか思えない pic.twitter.com/N9ltLVZCJb
黒川紀章、イサムノグチ、菊竹清訓らメタボリズムのメンバーが手がけた「こどもの国」はいかにして生まれたのか。知られざる開園当初の全体像を前後編のレポートでお届け。(公開日:2022年8月15日) tokyoartbeat.com/articles/-/met… pic.twitter.com/Qr8trMeSPn
圧倒的に面白かったのが函南のパサディナハイツ(菊竹清訓、1974)。テラス通路とピロティ通路という二つの動線から住戸にアクセス。5層が段状にずれ、下の階の屋根が上の階の庭に。吹き抜けが多数穿たれ、多孔質な空間を構成。角度のずれも効いている。ここまで建築的アイディアが詰まっているとは。 pic.twitter.com/xE0fTy0Pal
黒川紀章、イサムノグチ、菊竹清訓らメタボリズムのメンバーが手がけた「こどもの国」はいかにして生まれたのか。 1965年開園の子どものための遊び場。その知られざる開園当初の全体像を。前後編のレポートでお届け。(公開日:2022年8月15日) tokyoartbeat.com/articles/-/met… pic.twitter.com/3OAUzl1xSt
菊竹清訓の境港マリーナホテル。名称こそ変わっているけれど現役のホテル。円柱の上に巨大な四角いフロアが載ることで、強烈なランドマーク感が生み出されている。下から見上げるとこの四角いフロアが「持ち上げられている」という感覚がある。内部がどうなっているのかすごく気になる。 pic.twitter.com/lWc1lPgUgN
菊竹清訓とル・コルビュジエのメタボリズム建築の展示を観てきました。 mag.tecture.jp/event/20221120… 観たかったのは普段は立ち入りできない旧市議会議場のシェル構造の天井です。 pic.twitter.com/vOkum0lmJG
ああ失礼。 そのとおり、1970年の大阪万博のシンボルタワーは太陽の塔ではなく、菊竹清訓設計のエキスポタワーです。こちらもなんとか21世紀まで残ったのですが、老巧化が激しく2003年に解体されました。最後の約10年間は閉鎖したまま放置され、廃墟感がすごかった。 pic.twitter.com/Jw0E87odAo
戦後の国鉄久留米駅(昭和23 年) Kurume Station (1948) 何も知らずに写真だけ見たら、知ったかぶりで、こ、コルビジェ?と言いたくなる、すっきりした駅舎 設計、菊竹清訓氏(1928-2011 久留米出身) #久留米 #kurume pic.twitter.com/7uq4fT2oeN
菊竹清訓による段状集合住宅「パサディナ・ハイツ」(1974・静岡県函南町)は健在なんだなぁ いわゆる菊竹清訓の「~状住居」の1つ 各住居にくっついてる丸窓の部分はバスユニット Google Map:google.com/maps/@35.11173… pic.twitter.com/SMPdWm4omq