いつものスーパーに入り、カゴを取った。 　クラゲ、イカ、カニカマ、キュウリ、トマト……。 　冬も近いのに、なぜ冷麺を作ろうとしてるんだ俺は。 「冷やし中華でも作るの？」 　顔見知りの女子店員（推定７０）に話しかけられた。 　冷麺の気分だったが、カゴの中は完全に冷やし中華だ。 #酒日記

「もう三時か」 　彼女を送り出してから、ずっと飲酒しつつポケポケやってた。 　二十時間なにも食ってない。案外ハマってるな。 　かるく掃除しつつ晩飯を考える。 　クラゲとイカとキュウリで、疲労回復用酢の物……を冷麺にしてキムチと煮玉子を……うん、脳が水ポケモンに侵蝕されてる。 #酒日記

「とはいえ、知らんゲーム見てても面白くないだろ」 「ポケモンなら少しわかるし、あなたが負けて言いわけするの面白い」 「本当に性格悪いな」 「あなたって勝っても無表情だけど、負けると悔しそうだし。心の中で爆笑してる」 「いつも声に出して笑ってるぞ」 　マジで性格はよろしくない。 #酒日記

「さて今朝のポケポケは二勝四敗。このへんにしておこう」 「あなたが負けるの面白いから、つづけていいよ」 　酒の肴に丁度良いと言わんばかりだ。 　一キロのポテサラは既に全滅。六十個作った稲荷も、残り半分だ。俺は一個も食ってない。 　週末の夜みたいな食卓だが、火曜の朝だぞ。 #酒日記

「たまにはオシャレしてもいいんだぞ？　若い内しか着れない服もある」 「最低限の服は買ってるよ」 「百均のシャツとかな」 　マジで最低限なんだよな……。 　彼女の流儀だと、使える物や食える物は絶対に捨てない。余計な物は買えない仕組みだ。 　俺は例外的に捨てられるかもしれんが。 #酒日記

「おまえもポケポケやってみろよ。基本無料だし、対戦嫌いならカード集めも楽しいぞ」 「興味ない。モノを集める趣味ないし。ポケモンだって、アニメを少し見てただけ」 「マジで必要なものしか買わないよな、おまえ。酒と食料のことだが」 「あなたも同じでしょ」 　何も言い返せないな。 #酒日記

「じゃあもう、火属性の人とだけ戦えば？」 「選べるワケねーだろ！　選べるとしても、そんなボランティアいねーよ！」 「最初から運じゃん。だからゲームはキライ」 「なら将棋や囲碁をやれ」 　ポケポケで負けたから将棋ウォーズやろうぜとは言えない。 　将棋で負けたら言いわけ不可だし。 #酒日記

「ピカチュウに勝てる子を使えば？　地面だっけ？」 「地面ポケモンを使う奴はホモだけだ！」 「偏見がすごい」 「実際に愛用してるヤツさがしてみろ。確実にホモだから」 「女子ならいいじゃん」 「地面ポケモンが好きな女なんて見たことねーよ！　現実と向き合え！」 「偏見がひどい……」 #酒日記

「あなたもピカチュウ使えば？」 「持ってねぇよ！　suicaみたいに出してくる連中は課金兵！」 「こういうゲームって、お金出した人の勝ちでしょ」 「それはいい。課金する奴がいないと運営できないし。人気のポケモンを強くして課金させるのが経営だ」 　それを実行せず自爆する運営もいる。 #酒日記

「対戦負け放題だね」 「雷デッキに勝てねぇ。俺は水ポケ縛りだぞ。つーかピカチュウ多すぎ！」 「ポケモンよく知らないけどピカチュウは好きってひと、多いんじゃない？」 「それはある。人気投票は必ず上位だし、一位も少なくない」 　ゲームやアニメで主人公を一位にするの難しいのにな。 #酒日記

「あ、ピカさま出てきた。がんばれ！」 　彼女直球キャラを好む傾向がある。プーチンとか。 「なぜ敵の応援を……」 「ドククラゲよりは応援したい」 「俺が完全不利なのに」 「なんだかんだで勝つでしょ。あなたゲームうまいし」 「もう詰んでるよ」 　ポケポケのピカチュウＥＸ強すぎィ！ #酒日記

「あと魚介フェチでしょ。ドククラゲ使ってるし、陰湿ぅ」 「引いたから使ってるだけだ」 「ウソだね。毒が好きだから使うんでしょ。あなたは人を殺すときも絶対に毒を使う」 「殺しません」 「玲子さんも言ってた。お兄は怖いほど毒に詳しいって」 　隙あらば俺を殺人犯にしようとするな。 #酒日記

「カスミちゃん使ってる。やっぱロリコンじゃん」 　ポテサラ1kgで無限ハイボールを決めながら、彼女は俺のスマホを覗いていた。 　またしても、あらぬ疑惑をかけられてる。 「ロリコンではない。強いから使ってるんだ。オーキド博士も使ってるだろ」 「あなた、オッサンもいけるホモだしね」 #酒日記

「これポケモンカードでしょ。何枚か持ってるよ。たまにファミレスとかで配ってる」 「それがスマホゲーになったんだ」 「おもしろいの？」 「俺も始めたばかりで、わからん。セルラン一位だし、今のところ悪くない」 　しかしポケモンのゲームは山ほどあるが、結局本家が一番なんだよな。 #酒日記

「さっきから何やってるの？　ずっとスマホいじってるけど。ゲーム？」 　スマホゲーのせいで朝飯が一品削られたと思ってたなコイツ。 　全てお見通しだ。念のため稲荷寿司で機嫌も取った！　緊急用スイーツも万全！ 「ポケモンじゃん。新しいゲーム？」 「一週間ぐらい前に出た新作だよ」 #酒日記

「もう一品は、冷蔵庫にポテサラがあるぞ」 「えっ、それはもうビールだね♪　そのあとハイボール♪」 「今日は連休あけで、朝から忙しいだろうに」 「だからこそ、飲んでテンション上げないと！」 「作業中には飲むなよ？」 「いま飲んでおけば、昼までもつよ」 　完全にランチで飲む気だ。 #酒日記

「飲む飲まないは好きにしろ。あとは玉子焼と味噌汁と漬物だ」 「手抜きじゃない？　いつもなら、もう一品あるよね」 　煽り耐性の低い主婦なら発狂しかねない台詞だ。 　稲荷の中身は作り置きの佃煮や塩辛の混ぜ御飯だから、手抜きには違いない。 　とはいえ全て手作りだ。愛は込めてある！ #酒日記

「おはよー。朝ゴハンなに？」 　彼女の朝の挨拶は、いつもコレだ。 　カレーの匂いが漂ってても同じことを言う。 「喜べ。今朝は稲荷寿司だ」 「朝から、おいなりさん!?」 「朝飯の定番だろ」 「朝は白いゴハンじゃない？　朝から飲みたくなるじゃん！」 　白飯でも飲むだろ、おまえ。 #酒日記

「ガンプラとか想像もできないけど、ならアクスタは簡単そうだね」 「あんなの、ただのプラ板だ。透明樹脂に何か入れて固めるだけ。子供でもできる」 「そんな簡単なの？」 「レジンで小物を作るキットもある。百均で見たことないか？」 「ないなぁ」 　アクセなんか興味ないもんなコイツ。 #酒日記

「えーと？　シャアザクのツノを折って量産型？に付けるの？　で、シャアザクは量産型？になる？　意味あるの、それ」 「んなこと言ったら、プラモ作るなんて意味ある？って話になるぞ」 「でも本当に無意味だよね？」 「ほぼ全ての趣味は無意味だぞ」 「私が無趣味な理由、わかってきたよ」 #酒日記

「料理と同じで、プラモもレシピどおりに作らないからな。預かったガンプラを勝手に改造してた」 「怒られそう」 「みんな喜んでたよ。量産型ザクをシャアザクにしたりな。その逆をやったら殴られたが」 「赤く塗るだけでしょ？」 「ツノが必要だ。シャアザクのツノを折って接着するんだが」 #酒日記

「そういうの、あなた得意そう」 「ガンプラ持ってきて、組み立ててくれって奴もいた」 「それで手数料とるの？」 「とらないよ。俺は組み立てるのが好きで、完成したら後はどうでもいいんだ。タダで遊ばせてもらってるようなもんだ」 「お料理と同じだね」 　作るだけで満腹になるんだよ。 #酒日記

「なんで、そんなの作ったの？」 「ミリタリー模型が好きなんだよ」 「あなたって、趣味多すぎない？　釣りとか将棋とか書道とか。プラモは初めて聞いた」 「俺ぐらいの歳でプラモ作ったことない男なんていないぞ。ガンプラ直撃世代だからな」 「ガンプラ？」 「ガンダムのプラモだよ」 #酒日記

「そういえば、なんでプラモデルやめちゃったの？」 「やめたわけじゃないし、始めてもいない。何となく作ってただけだ」 「なんとなくとか言って、超真剣にやってたでしょ」 「まぁ色々と作ったな」 「たとえば？」 「機関銃やら手榴弾やら、千切れた手足やら」 　これだけだと気違いだな。 #酒日記

「豚しゃぶベジうどん、ワケわからないけどおいしい♪」 「作るの見てたんだから、わかるだろ」 「プルーンとかサワークリーム入れたじゃん。ジンも大量だし。それで鮭節と昆布ダシと……メチャクチャになるよフツー」 「さすが俺だな」 　レシピを書いたらゲテモノにしか見えんだろうな。 #酒日記

「ディタモーニおいしー♪　コレって、お店じゃ飲めないよね？」 「ちゃんとしたバーで、こう作れと注文すれば飲めるよ」 「そういうお店でそういうオーダーって、ハードル高くない？」 「一人でバーに来た女がそんな注文したら、オヌシナニモノ!?ってなるわ」 　でも、たまにいるんだよな。 #酒日記

「あなた、アボカド好きだよね。なんにでも入れるじゃん」 「安くてうまくて栄養豊富だからな」 「あなたと暮らすまで、ろくに食べたことなかった。あなたのお料理って、果物多いよね」 「果物はうまく扱うとボロ儲けできる」 　昔はカクテルとクレープで荒稼ぎしたもんだ。女ウケも良い。 #酒日記

「このライチ漬グレープに、適当な野菜と果物を足して……胡麻ペーストを酒で練って……と」 「またヘンなのできそう」 「どうせ何を作っても、最後はカオスになる。安心しろ」 「あなたの悪ノリ料理大好き♪」 　これが通常運転だよ。悪ノリじゃねーよ。 　外見は完全にフルーツサラダだが。 #酒日記

「グレープフルーツが安かったから、ライチ漬にしてある。ディタモーニ作ろうか」 「ジン多めね」 「普通はジンなど入れないが了解。うどんはグレープとトマトと胡麻ダレで……豚しゃぶ冷製ベジ讃岐にしよう」 「夏に食べた丸亀の豚しゃぶシェイクおいしかったなぁ」 　彼女には駄菓子だな。 #酒日記

「どこが良い雰囲気なの!?　帰ってからゴハンも食べてないし！　おやつも何も出てこない！」 「うっかりしてた。……何が食べたいんだ？」 　空腹の彼女に冗談は通じない。 「うどん！　五分で作って！　そのまえに甘いカクテル！」 「了解。何でもいいとか言われるより遥かにラクだ」 #酒日記

「そのニンジャ、もうないの？」 「友人に貸したら芦ノ湖に落とされた」 「釣りのお友達ね」 「奴が死んで、俺は何年も生きる気力を失ってた。そこへ天使のごとくおまえが現れ、俺は忍者魂を取り戻した！」 「よかったね」 「よし、良い雰囲気だな。セックスしようゲッ！」 　腹を殴られた。 #酒日記

「あなたって急にアタマわるくなるよね。メタルとか忍者の話が始まると」 「カワサキのニンジャを乗り回してる頃が、一番知能が低かった」 「なにそれ」 「そういう名前のバイクだよ。忍者を知らないアメリカ人に超人気だった。あいつらデフォで馬鹿なんだ。マジで盗んだバイクで走りだす」 #酒日記

「国技館の地下にある、汚染済み核シェルター回転寿司でヤクザと力士が戦う……忍者スレイヤーみたいな世界だ」 「そこからわからないけど」 「アイエエエエ!!」 「なに、急に」 「そういう小説なんだ」 「絶対読まないから、もういいよ」 「アイエエエエ!!」 　とてもわかりやすいせつめい！ #酒日記

「食品サンプルは実際やってたよ。仲良しサークルの事務所に並べたら、メチャうけた」 「暴力団の事務所だよね？　すごいほのぼのしてそう」 「ヤクザ忍者とサイバー相撲取りがメガ放射能寿司で抗争する殺伐ジオラマも作ったぞ」 「ワケわからない」 　製作者本人もわかってないよ。 #酒日記

「ああいうのは大体レジンで作ってる。そういうのを個人で受注してる奴もいる」 「常識みたいに言ってるけど、ふつうはそんなの手作りしないよね？」 「しないよ。あくまで暇人の趣味だ。ヒマつぶしで食品サンプルを作る奴もいる。全国大会もあるぞ」 「あなたが作ったら、すごいのできそう」 #酒日記

「それ買えば、なんでもアクスタにできるの？」 「アクセでもオーナメントでも、何でも作れる」 「ホントに？」 「指輪でもブローチでもピアスでもな。稲荷寿司のストラップ作ってやろうか？」 「それは本物のほうがいいけど。たまに見かけるよね、食べ物のキーホルダーとか」 #酒日記

「どうやって作るの？」 「方法は無数にあるが……レジンで作るか」 「レンジ？」 「レジン。要するにプラスチックのことだ」 「そう言えばいいのに」 「慣習的な言い方だな。加工前のをレジンって呼ぶんだよ。３Ⅾプリンタでよく使う」 　レジンなんて言葉、十年ぶりぐらいに発した。 #酒日記

「アクスタなんて簡単に作れるぞ」 「あなた、そんなこともできるの？」 「ゼリエースを作るより簡単だよ。若い頃はプラモも趣味だったし」 「見てみたい」 「作るのは簡単だが、今は材料がない。まぁ注文しておくか」 　妙にやる気が湧いてきたな。そういう趣味は捨てたはずなのに。 #酒日記

「食べ物の動画とかで、最近よく見かけるんだよ。枝豆すきだし。まえにずんだ団子つくったとき、あなたも話してたよね」 「ずんだもんが食われてしまう」 「人間は食べないよ」 「あいつは人間じゃない。枝豆の妖精だ」 「妖精も食べないよ！　でも、ずんだもんのアクスタ売ってるかな」 #酒日記