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出ない・出せない時は「これは自分の問題(自分の課題)なのか?相手の問題(他者の課題)なのか?それともお互いが関係する問題(共同の課題)なのか?」さらには、最終的な決断と責任を負うべき自分の問題or相手の問題であっても「今の自分or相手だけで解決できるものなのか?(共同の課題)」と(続)
読み終わったら読書メモポストするんだけど、課題の分離の話がすごく響いた🥺 自分も他者も誰かの期待を満たすために生きているのではない。 他者の課題に踏み込んだり、逆に踏み込まれることでトラブルが起きる。 自分が相手を信じ愛していたとしても、それに対して相手がどう動くかは他者の課題。
これはメンタル整えるのにとても大切な考え方ですよね!アドラーの他者の課題分離がこれに当たる。まぁ、天気、雨でキレてる人…たまにいるけどさぁ笑 x.com/nicotama222/st…
天気が悪くても腹が立たないのは、天気は思い通りにならないことを知っているから。対して、他人に腹が立つのは、他人が自分の思い通りになると思い込んでいるから。他人は基本的にあなたの思い通りにはなりません。
他者と自分の課題の分離は正しい方法。他者が私をどう思うのか、それは他者の課題であって、私にはどうすることもできない。私はただ、自分の人生に嘘をつくことなく、やるべきことをやるだけである。(嫌われる勇気)
「課題の分離」これ、大事です。「これは誰の課題なのか」をはっきりさせる。他者の課題には踏み込まない。でも、自分たちの課題には全力で取り組む。うちの社員は、この「課題の分離」をよく理解してる。だから無駄な努力はしないし、必要なことに集中できる。これぞプロフェッショナルの姿勢だと思う…
返信先:@miyoshiiii大変だけど獲得するまで己の中に刷り込まないと。 他者の課題と自分の課題の分離 ・相手の機嫌に振り回されないで毅然とすること ・誤学習の防止や真っ向から言語化して歯向かう必要性に気づく ・NOを発するのは当然の権利 といった健全な考えは生まれないんですよね😭 私の場合、数年かかりました
ここ数年息苦しかった気持ちを救ってくれた 他者貢献の気持ちで常に取り組む その結果、誰かに嫌われたとしてもそれは他者の課題であるため、自分にできることをやる 他者比較も無意識でしてしまうが、自分の実力だけを見て進んでいきたい
個人の課題。最終的にその遊びをするのは、相手の課題であり、自分は他者の課題に、割り込み、抱え込み、深く考えて重く苦しんでいる。心配するのも、その遊びをして欲しくないのも、俺の課題で自分で考えて咀嚼して噛み砕いて許して受け入れる。遊ぶか遊ばないかは相手の課題くちだすな。阿保な俺、、
元ポストの画像は保存しておいた方がいいです✨ 近い関係性で他者の課題に口だしをする事でトラブルが起こるのはあるあるなので 課題に踏み込まない、踏み込ませない事を強く意識してください😊 x.com/masako_otsuka/…
浮かんだ時は、瞬時に「その根拠は?」と自問し、もし客観的な根拠が見つからなければ「これは自己関連付けの思考の癖が出ている!」と気づけて、間違った思考(思い込み)を手放すことができます。つまり「責任」という荷物を背負う前に「これは自分の課題か?相手の課題か?」を考えてみるのです(終) pic.x.com/C6zPg439ou
他者を変えるのは究極のストレスだ 課題の分離 自分の課題か、他者の課題か 整理してみると今あるストレスの根源は他者の課題であることがほとんどらしい…確かに… でも組織で働くとさ、 自分と他者の課題の境界線が曖昧になりがちなんだよなぁ 他者の課題まで背負えるのが責任者なんだよなぁ
「「これは誰の課題なのか?」という視点から、どこまでが自分の課題で、どこからが他者の課題なのかを冷静に見極め、線引きする。」 —『その悩み、哲学者がすでに答えを出しています』小林昌平著 a.co/7TIfvzz
他者と自分の課題の分離は正しい方法。他者が私をどう思うのか、それは他者の課題であって、私にはどうすることもできない。私はただ、自分の人生に嘘をつくことなく、やるべきことをやるだけである。(嫌われる勇気)
返信先:@yococoroom1アドラーの心理学みたい 他者の課題と自分を切り離して考えれば、自分が何を考えるべきかそして行動すべきかをスッキリ判断出来る… 私の解釈なので、読んだ方の考えと違うとか、間違いを指摘してこないでくださいね… それこそ、私の課題なんで!
返信先:@ricoach_3りこ社長さん、はじめまして😊💞 反芻思考(ぐるぐる思考)に陥っている時って、自分がコントロールできない「他者の課題」に首を突っ込んでいる場合がほとんどなんです😅💦 ですから、どんなに考えても納得解が得られない時は、まずそれに気づくことが大切なんです😉✨
自己肯定感の低さは脳の回路により引き起こされ、脳全体の活動を低下させる。自己否定が続くと新しい挑戦を避け、ますます自己否定のスパイラルに陥る。自己否定しやすい人には、虚構の自信や道徳心の曖昧さ、自分の課題と他者の課題を混同する特徴があり、これらを理解し自己否定のサイクルを避ける。
他者の課題を解決する中で、自分の課題を解決することができる ビジネスマンとして事業者として成長する過程と同じように 恋愛を通して自身を人としてビジネスマンとしても自己成長することができる 型に囚われずに挑戦するべき x.com/bd_gakuen/stat…
ナンパをするべき理由、 それは『自己成長』の最大の手段だからだ。人は他者と向き合うことで自分を知ることができる。 心理学者ユングが言うように、無意識の自己と向き合う過程が成長をもたらす。ナンパは、その無意識の恐れを打ち破り、自分の限界を超える機会を与えてくれる。… pic.x.com/ddrro8m2nv
誰かの課題を解決することに喜びを感じる人は自分の人生を他者に依存している可能性がある。依存とは他者の課題有無によって自分の存在価値が変わってくる状態。誰の課題解決もしていないと自分の価値が下がっていると感じてしまうのは他者にハンドルを握られているということ。
他者と自分の課題の分離は正しい方法。他者が私をどう思うのか、それは他者の課題であって、私にはどうすることもできない。私はただ、自分の人生に嘘をつくことなく、やるべきことをやるだけである。(嫌われる勇気)
他者がどう行動するか、どう考えるかは、他者の課題。 なのに私たちは、いつもいつも、他者からどう見られるか、他者からの評価に怯えて、自分の本音を抑え続けてきた。 その選択によってもたらされる結末を引き受けるのは私なのに。 他者のことを自分を攻撃する「敵」だと捉える必要はない。
自分の課題を解決するアプリの要件定義はむっちゃ楽。 当事者として、解決できる機能を考えれば良いだけ。 だけど、他者の課題を解決するアプリはちょっとむずい。 当事者意識が持てないので、結構調べないと的外れな機能を作ってしまうことになるかも。 実業務のヒアリングと要件定義と同じやねー。
他者と自分の課題の分離は正しい方法。他者が私をどう思うのか、それは他者の課題であって、私にはどうすることもできない。私はただ、自分の人生に嘘をつくことなく、やるべきことをやるだけである。(嫌われる勇気)
悪意からの攻撃的な無視ではなく 自分を大切にするために距離を置く事で相手が傷ついたのならば それは相手の見捨てられ不安が原因なので それを気にする事は他者の課題を背負う事となり 課題の分離の原則に反しています 自分の動機に注目して考えればいいんです✨ x.com/tco_tmtm/statu…
>『なんかやだ』で距離を置く人 実例はこんな感じ 一人目 「私はそんなこと思ったこともない! 普通はこうでしょう」 二人目 「距離を取られることで 傷つく人もいるんだぞ!」 三人目 「結局差別する人が得するんですね」 私の場合はだけど なんか話が通じない なんか責められてる感じがする pic.x.com/zhjbqq3bth
被害者体質の人ってこの自己関連付けが多いです まず客観視して 課題の分離と自他境界線を意識する事 責任範囲という意味での課題とコントロール出来る範囲という意味での境界線を一致した状態が理想です 主観を排して、客観視して 自分が他者の課題を背負っていないか? とチェックする事… x.com/masako_otsuka/…
何か良くないことが起った時、自分に責任がないようなことまで「自分のせいだ」と思い込むのは「自己関連付け」という認知の歪み(思考の癖)で、無関係なことまで自分の責任に結び付けてしまい、罪悪感を抱いて落ち込んでしまいます。また、この思考の癖は真面目で責任感が強すぎる人に多く見られ(続)
「嫌われたくない」と願うのはわたしの課題かもしれないが、「わたしのことを嫌うかどうか」は他者の課題。ふむふむ。「ベストを尽くしたのなら、嫌われようが好かれようがどっちも他人からの目線なので気にしない」が最強。
私たちは、「これは誰の課題なのか?」という視点から、自分の課題と他者の課題とを分離していく必要があります。他者の課題には踏み込む必要はありません。 アルフレッド・アドラー #Quote pic.x.com/gbhkpsirpx
最近『嫌われる勇気』の他者の課題に踏み込むなと他者貢献をしろの意味がわかってきた気がする。自分の価値観や経験の強制に違和感があるのは他者の課題に踏み込んでるからで純粋な他者貢献の気持ちならスタンスは変わるはず。
返信先:@shima_ibgroup貸しませんね。元々関係が深くない限り、親身にも接しません。他者の課題を一時の情で自分の課題に含まないことが重要かなと思います。相手を悪く言いたいわけでもないので、丁寧に断ります。
久しぶりに100分de名著のアドラーを見直した。色々うーんと考えさせられる言葉が続く。今回一番印象に残ったのは「課題の分離」。自分の課題と他者の課題とを分離していくこと。そして他者の課題に踏み込まない。自分の課題にフォーカスする。そして『嫌われる勇気』を再読しようと思う。
こういう振る舞いや匙加減って、その人の人間性が出るよね。こういう言葉を都合よく解釈したり歪曲する人もいるけど、決して道徳的や法律的にいけないことを見過ごしていいと言ってるわけではなく、あまり他人の問題に踏み込んだりせず、自分と他者の課題をきちんと分離するってことだよね。 x.com/PositiveSalon/…
良くないと思ったことは直接伝える 直接伝えられないなら伝えない 誰かを使って伝えることは配慮ではなく逃げ 「他者の課題に介入しない」というアドラー心理学からすれば、伝える必要はそもそも無い 自分が嫌な気持ちになったなら、それを自分で伝えた方が良い 言葉選びは大変だけど自己成長の機会
返信先:@penpenfire1993アドラー心理学の「課題の分離」ですね。 つまり、自分でコントロールしようがない 他者の課題には介入せず、 自分ができることに注力することが 大事ってことですね。
いいですか、信じるという行為もまた、課題の分離なのです。相手のことを信じること。これはあなたの課題です。しかし、あなたの期待や信頼に対して相手がどう動くかは、他者の課題なのです。そこの線引きをしないままに自分の希望を押しつけると、たちまちストーカー的な「介入」になってしまいます。
つまり、解決すべき私の課題は、自己受容できるように自分を成長させ、それにより他者を信頼する。これが私の課題だ。ここで他者が私を信頼するかどうかは他者の課題だ。そして具体的にいうなら私はもっとアドラー心理学を学ぶべきだ、そして哲学も