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続き・・ クリシュナムルティが「観察したことはありますか?」というのは、観察すらしたことのない人に対して便宜上言っていたということだ。だから音がしたとき、その音のままであることが受動的観察となるのである。

Twitterぽにょん改_ぴーふゆ@kPNOgJgXEbtVjok

返信 リツイート1 昨日 16:20

「神を信じる者は神を発見することはできない」 ― ジッドゥ・クリシュナムルティ

英語の名言:本当に問題を理解できたら,答えは現れてくる(クリシュナムルティ) - tsuputon's blog tsuputon7.hatenablog.com/entry/2018/10/…

「宗教組織や組織的な活動によって真理に到達することは不可能である。自分は追随者は望まない。永遠を見つめ、真に生き、何の束縛も受けない自由な人間がいてくれれば充分である」 (ジッドゥ・クリシュナムルティ)

続き・・ クリシュナムルティが「観察したことはありますか?」というのは、観察すらしたことのない人に対して便宜上言っていたということだ。だから音がしたとき、その音のままであることが受動的観察となるのである。

Twitterぽにょん改_ぴーふゆ@kPNOgJgXEbtVjok

返信 リツイート1 昨日 16:20

クリシュナムルティが説く「受動的凝視」。 よく観察との違いをいうことがあるが、これはグルジェフがやっていた「ストップ」に関係があるようだ。鳥の鳴き声、子供のはしゃぐ声、車の通る過ぎる音、目に映る青空や木々・・ここで観察しようとすると自分が立つ。続く。

Twitterぽにょん改_ぴーふゆ@kPNOgJgXEbtVjok

返信 リツイート 昨日 16:18

べつにクリシュナムルティやラジニーシで理解していることを、西洋哲学のベルクソンやジェイムズで検証づけようとしているだけであって、もうこっちの言語がわからなければ、手放してもよい挑戦だからね。

「宗教心とは、宗教を信ずる心とはまったく別物である(クリシュナムルティ)」。宗教心はいわば身体感覚の、ゲマインシャフト的心性(愛の淵源)であり、ここで言う信ずる心とは、ゲゼルシャフト(契約を装った力の社会)に取り込まれ、裁断された共同的心性と言える。

Twitter共和制の魂、メモ書き@inakanoaoisora

返信 リツイート 昨日 8:34

もしも私たちが内的にみじめで、混乱しており、カオス状態にあるなら、それが投影されて世界となり、社会となるのです。なぜなら、あなた自身と私自身との関係、私自身と他の人との関係が社会だからです。      ―――ジッドゥ・クリシュナムルティ

「神を信じる者は神を発見することはできない」 ― ジッドゥ・クリシュナムルティ

JapanはやっぱりMick Karnのベースだよね。元々中身はインド系だから似ていても不思議じゃないが、インドの説学者ジッドゥ・クリシュナムルティにソックリ。ついでに、氏は坂本龍一に似ている。混ぜると危険。 pic.twitter.com/pzPTXYDiMu

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