藻塩草煙とならむ末ぞ待つ憂世の恨みかきも尽くさで 禊せむならの川浪逆しまに立つ世ながらにみな尽きねかし 奥山の陰の朽木の末もよし物思ふ世に恨み積みきて 世の憂きは幾重百敷連ねけむ恨みてもなほ余りありけり #述懐百人一首　了

憂世には常に経るかひ渚なる捨小舟こそうらみわたらめ 世の中に我憂き目のみゝ吉野の砧の声も人にまさらず 涙のみかゝる憂世に墨染めの袖の晴れせず恨みてぞ経る 花も身もとく古りゆかむ憂世には今は嵐の心地のみする #述懐百人一首

世の憂きを忍ぶかひなき玉の緒はいつしか絶えね弱り果てにき おのが憂き袖ひつからに海人も見よ龍田の川に海もなりなむ きりぎりす衣に添ふもあはれなり憂世の人を逃れ来つれば 世に経るもかたき石こそ我ならめなべて潮の下に沈みつ #述懐百人一首

やすからむ閨のひまより入る霰憂世の言にくらぶべきかは 晴れてなほ曇れる月と見るまでに身を嘆かする憂世なりけり 霧かゝる朽木の杣に立ちながらやすく過ぎゆく村雨ぞ見る 身のかひも難波の葦の憂世には恨みばかりにみをつくしてむ #述懐百人一首

いつまでか憂き身は消えず有明の月にはしでのたをさこそ鳴け かゝる世の憂きにたへても何かせむ涙と共に命流れね 憂世をば思ひ捨てゝも入る谷の鹿は咎むなおのがなく声 偲ぶべき由こそなけれ年経とも憂しと見し世はなほ憂かりけり #述懐百人一首

吉野川はやき瀬々には憂き身こそわれて末なき筏なりけれ 嘆きのみ須磨の関守命より逃れぬ憂き身千鳥とぞ鳴く 世に秋の雲間の月のさやけきも谷の朽木にさす折ぞなき 物思へばかき乱れたる黒髪の長く憂世を恨みわたらむ #述懐百人一首

春ごとに憂き身を霞隔つれば見るだに難き高砂の花 身のかひは初瀬の山の嵐かな人おしなべて憂しと見ゆれば 契らまし露の命の尽くるをば憂世に秋を幾重経にけむ 捨小舟沖つ白波高ければ雲も見ぬ間に沈み果てにき #述懐百人一首

竜田川紅葉の錦かけで経るかひも嵐の山に入らばや 住みわびし世はいづくにも秋暮れて仮の宿りも厭はれにけり おとづれば憂き世の中に秋風の芦のまろ屋と身とくたさまし おしなべてわが身に人は仇波のたかしの浜の音もわびしや #述懐百人一首

袖よりも身こそまさりて朽ちましか恨み憂世になほ残るとも さりともと憂世を捨つる山桜咲かぬ我やは慰めにせむ 身のかひはつゆもなかりき春の夜の夢のうちだに永遠と見るまで 心にもあらで憂世にながらへば恨みらるべし夜半の月さへ #述懐百人一首

九重のよそのわび人いにしへのよるべに憂きを八重も連ねむ 憂さ繁き世に逢坂のわりなさよはかり籠むるは命なりけり 昔より思ひ捨てたる憂世にてつひに我から絶えぬべらなり 渡られぬ世をうぢ川の川霧に網代見つゝも身は沈みにき #述懐百人一首

月見れば常に涙のかゝる身は雲隠るともおぼえざりけり いかで我憂き世の中に有馬山いなと言ふとも経ぬるわりなさ 住みわびぬ西にかたぶく月影を今日ばかり寝て疾く辿らまし 天の下憂き事のみの大江山いく野も我は踏みぞわづらふ #述懐百人一首

明くる間もなくて闇路にまどふ身は嘆き添ふ世もいかゞ久しき 埋木は今日を限りに朽ちぬとも残る恨みを忘るべきかは かしましや音羽の滝のいと憂きは絶えず流るゝ人の言の葉 とく朽ちね谷の埋木憂世には恨みのほかの思ひ出でもなし #述懐百人一首

身のかひの昼は消えたる篝火を夜半は恨みの燃えわたるかな 惜しむべき物も憂世になき身こそ長き命も厭はれにけれ 憂き身をば何と伊吹のさしもとて恨みの程を人は知らぬに 明け暮れに世を恨みつゝ過ぐす身の憂さのはじめの朝ぼらけかな #述懐百人一首

奥山の身はいたづらに朽ち果てむ人のあはれと言ふも憂ければ 捨小舟憂世を渡るかぢをなみ恨みてのみぞ沈み果てなむ 憂世より重ねてとざせ八重葎見る人ごとに秋も果てにき 波風の憂き世に経るもかたき身の巌ならねば心砕けつ #述懐百人一首

世にかゝる憂き名は立たじ人しれぬ深山によろづ厭ひつる身は 波高き憂世の末の松山に身の程越ゆる言聞かむかは 憂きにより昔も物を思ふ世と知る水茎にあひ見つるかな 跡もなく憂世ながらに消え果てばわが身も人も恨みざらまし #述懐百人一首

秋の野に散り敷く露を数ふれば憂世を過ぐす涙なりけり 神かけて誓ふしるしは住みわびし憂世ながらに通ふとや見む 憂き身世に過ぐすかひさへ浅茅生の小野の篠原忍びあへじな おのが憂き袂の色を人問はゞ恨みの色に出でざらめやは #述懐百人一首

散る花も光もよその谷陰の朽木のどけく世を尽くすかな 誰もみな憂世の言は高砂の松がねにこそわび人は泣け 憂き人と世にふる里もしがらみの花の香ながら絶えねとぞ思ふ いたづらに明けぬる夏の月よりもおのが世に経るかひぞはかなき #述懐百人一首

いづくとて身をやる方も白菊にまがふる霜も置けるこの世を 暁も憂き身にかひをとめくればなほ有明のつきじ恨みは み吉野の山の端の月白雪に影こそとまれ朽木射すかは 憂世てふ流れもあへぬしがらみに朽葉の衣なほやかゝらむ #述懐百人一首

憂き目のみ我逢坂のさねかづら苦しかるべきしがらみの世に ひとたびと待つ間むなしきもみぢ葉もかゝらで憂き目深雪をぞ積む いかにして憂世を我は泉河いつ見る折も恨みこそ湧け 憂きの皆かれにし冬の山里の庵こそ住むにかひはありけれ #述懐百人一首

憂世にはなほ有明のつきもせぬ恨みにおのが果てをこそ待て 世に過ぐすかひも嵐の山風の吹かぬ先にぞ身は萎れにし ひとり見る憂世に秋の月影に千々の恨みも澄みわたりけり 年経れど錦もかけぬわび人は手向くる神も思ひ捨てゝき #述懐百人一首

竜田川神代の色も比べ見む憂き紅の露や薄きと 現にも夢にもわが身憂世にはなど住の江の岸も越えばや 世を過ぐすかひも難波の萎れ葦憂き節にのみあひ見つるかな 住みわびて憂世難波に沈むかな恨みばかりに身をつくしてむ #述懐百人一首

世に経れば身に恨みのみ筑波嶺を下る涙の淵とこそなれ かくばかり思ひ乱れて憂世をばしのぶもぢずりきたるかひなし 春もなく年をつみたるわび人を衣の雪もはや埋まゝし いかで我憂世いなばと思ふにも待つ後かねて厭はるゝかな #述懐百人一首

いたづらにながめて経れどなほ見ぬはいつしかと待つ埋木の果て 憂世には逢坂の関さし籠めて逝くも返るも厭はるゝかな わたの原八十嶋廻る舟出をも憂世のよそと頼まれぬかな 谷深くとまる朽木はひさかたの雲の通ひ路渡られもせず #述懐百人一首

思ひ入る深山の鹿の音にそへておのが袂も紅葉しにけり 霜ならで置き所なきわび人は羨まれけり鵲の橋 憂き目のみ三笠の山のわが身はや天の下には破れ果てしかな 世をたつ身言はずとを知れさし籠りしがらみ捨つる庵の方をば #述懐百人一首

憂世には秋のたのみもなき身こそ籠る庵さへ露けかりけれ 白妙の衣に置ける露ごとにむなしく過ぐる春を恨みむ ひとりにてなほぞ忍ばむあしひきの山鳥の尾の長く憂き世を 世の中は富士の高嶺の上りかねよろづに田子のうらみかけつゝ #述懐百人一首

石上古き都の時鳥、声ばかりこそ昔に返る玉を四方には敷島の、道の片への芥ぞと人は見るとも何なれや、抑王威の八代集、述懐怨嗟の歌あるは例の外もなき上に、剰へ百首の撰にも恨みを残す水茎をかの定家卿留め給へば、古の和歌のうらみの波ごとに今に返らで止まむ物かは。 #述懐百人一首 #短歌 #tanka