- すべて
- 画像・動画
並べ替え:新着順
↑ 見せ掛けの政治劇の下で、綿密に組織化された軍事作戦が、ワシントン体制にはびこる蔓延る汚職を暴露した。 …テレグラム木曜日のQ Storm 1776 2024 年 5 月 9 日 t.me/QStorm1776 ↓
↑ 2024 年 5 月 9 日 トランプ派の策略 – トランプ最高司令官: ワシントン体制に対する複雑に計画された軍事作戦の内部。 アメリカの中心で、多くの人が目にすることのないまま、この国の運命を深く形作っている記念碑的な物語が展開しています。 ↓
日英同盟だけでなく、日露協商や石井ランシング協定など、一等国に認められていたこの時期は帝国日本にとって最も幸福な時期だったろう。ワシントン体制を期におかしくなったが、これは欧米と日本がそれぞれ互いの事情に疎すぎた。
返信先:@2000rungmen他2人<凄いと思います。> 退却して補給線を長くするのが戦略なので <人種差別撤廃を提案し欧米から目をつけられ> 日本の主張は日本人移民を米国へ受け入れて欲しいで、 日本も人種差別してました。 <経済制裁かけられ、> ワシントン体制を守らないから 制裁を受けるのは当然
さすがにヴェルサイユ・ワシントン体制を考慮しないと… 日本は植民地の最終分割に加わった白人諸国の側で、なので同じ植民地(朝鮮等)は問題にされず、それを超えた満洲事変以降が非難されたわけで それに経済制裁は三国同盟・関特演・仏印進駐が原因でアジアよりむしろ欧州情勢が理由では
ABCD包囲網を“日本が悪いことをしたからだ”とする論は根強いが、大陸に進出しただけの日本に対して『アジアを植民地化している白人諸国』が懲罰をって、そんなおかしな話があるかよ。 『白人は利益のために植民地支配をしてよいが、日本が自衛のために領土拡大してはならない』ってどんな冗談だ?
↓極右ってバカでも生活出来てるからいいよな。ベルサイユワシントン体制後の世界は過酷な簒奪と弾圧から、植民地自治容認というベクトル。帝国は19世紀型の弾圧と簒奪を「領土を持たない帝国主義」の移行期にやらかした。ある意味でクソ真面目に占領と軍政やったから恨まれた。
返信先:@D9bf0NRDYrL21Baマクマリー(1881年~1960年)は当時、北京駐在の米国公使。そのマクマリーが1935年アメリカ国務省にメモランダムを提出、そこには『日本を #満州事変 に追い込んだのは #支那 であり、ワシントン体制を破壊した責任を負っているのは #支那 である』と書いてある。 amazon.co.jp/dp/4562028424/
返信先:@rabirabirabi888他2人<海軍主導の戦争が間違いで失敗。> 日本の中国侵略はワシントン体制違反と米国と平和交渉。 日米開戦しても米国の相手は海軍と 中国の占領地を手放したくない陸軍は日米交渉を潰しに行く。 米国に負けると言えない海軍が 「半年か1年の間は随分暴れてご覧に入れる」で開戦 早期和平は出来ず敗戦
返信先:@rabirabirabi888他2人横入ですが ハルノートの1日前に 機動部隊はハワイへ出撃している。 ハルノートを読めばわかるが最後通牒にならない 冒頭から 「Strictly confidential, tentative and without commitment 極秘、試案にして拘束せられず」 で始まる。 内容は日本も批准したワシントン体制に戻れと書かれただけ
jstage.jst.go.jp/article/kokusa… ワシントン体制(九ヶ国条約)により中国における列強諸国の権益保護が図られた。軍閥政権は列強援助の元に成り立っており国権回復運動はできなかった。旧軍閥体制を駆逐した馮玉祥の国民軍や国民党は国権回復を政治目標としたが、日英との摩擦は激化し更なる混乱が始まった。
今日は北村厚先生の歴史総合の、ワシントン体制のあたりを読んだ。いくら理念が正しくても、反発する勢力を抑えられなかったらだめなんだ…ということが腹に落ちた。ひとの恨みを侮ってはならない あとねー大昔から大国はダブスタムーブがお上手〜
返信先:@poli_matrixまず、 満州国は実は仕方ないとされてたんよ これが目溢し あいつあかんやつやとされたのは 海南島占拠とその後の近衛による ワシントン体制脱却宣言 つまり話し合いで平和で行こうぜとの 列強の約束を 知るかボケ俺は俺のルールで行くんじゃと宣言したからだよ 東京裁判云々じゃねぇわ(笑)
返信先:@poli_matrixはあ、 じゃあ ワシントン体制に喧嘩売ってそれまで 日本に対して曲がりなりにも まあシンザンモノがやることやからと 目溢しされてたのが あいつあかんやつやんけとなったのは どの時点でグローバルリストが追い詰めたんで? あれか? 鎖国してたので植民地取れなかったこと言ってるのか(笑)
逆に九か国条約を中心とした米主導のワシントン体制を壊すものだと大反発食らって日米通商航海条約破棄からの経済制裁ですか…
これがアメリカの宣教師外交と言われたワシントン体制の「からくり」なんですよね。つまり東アジアに殆ど帝国主義的権益が無いので、東亜新秩序(大東亜共栄圏)推しても利害関係無いアメリカは欧州大戦重視で交渉に乗ってくると言う判断です。陸軍の場合は米英可分論(米英は一体ではない)が論拠です。
返信先:@ITOU_BURU19台頭してきた日本が目障りになってきたのが本音だったと思います。(ワシントン体制とか、露骨ですよね。)そして、用意周到に日本が戦争を起こさせるように追い詰め、返り討ちにするというシナリオを思い描いていたのでしょう。多少の予想外のことはあったと思いますが。
これがアメリカの宣教師外交と言われたワシントン体制の「からくり」なんですよね。つまり東アジアに殆ど帝国主義的権益が無いので、東亜新秩序(大東亜共栄圏)推しても利害関係無いアメリカは欧州大戦重視で交渉に乗ってくると言う判断です。陸軍の場合は米英可分論(米英は一体ではない)が論拠です。
返信先:@tcv2catnapシベリア出兵時のチェコ軍救援のときのようにアメリカが咎めてこないと踏んだんですかね。 あの当時のアメリカは大統領がウィルソンだったし、欧州大陸での戦いがメインだったから「恵まれた」かと。 パリの講和会議、浅間の座礁関連で日本のアメリカ国内世論受けから、そもそも悪かっただろうに。。
日露戦争以降、アジアで金儲けしたいアメリカが、捻り出したスローガンが、民族自決、機会均等、門戸開放のワシントン体制で、宣教師外交と言われた。帝国はワシントン体制批准しながら、中国での権益(商売)独占狙いが東亜新秩序。蒋介石が邪魔になり汪兆銘傀儡化したのでワシントン体制全部否定。
陸戦隊ルノー装甲車写真の左上にコカコーラ広告がある。アメリカの門戸開放・機会均等によるワシントン体制維持は主に商流確保。外務省「東亜新秩序と在支米国権益」調査では「新秩序建設の根本計画を犠牲にしなければ解決出来ない日米懸案は一件も報告されなかった」(戸部良一「外務省革新派」)。 pic.twitter.com/ICv07pC1Pr
ベルサイユワシントン体制後の世界秩序は植民地に自治付与の方向。そもそも帝国は植民地解放を目的としていない。大東亜政略指導大綱参照。 wayto1945.sakura.ne.jp/APW/APW1943053…
同じワシントン体制打破でも、重光や有田、広田らは列強帝国主義のルールで考えており「イデア」が無いから幣原と変わらん。だから伝統派。俺ら若手は日本主義に基づき西洋的帝国主義、国家至上主義を否定する「イデア」がある。これが革新派の皇道外交の原理。白鳥が「亜細亜に帰れ」と言った背景。
仁宮綱領続き。天皇を中心とした家族的協力をなし心を一つにする「日本主義外交は人類福祉を終局理想とし一方的利益追求(注・ワシントン体制)する代わりに共通相互利益を追求する大乗主義であり抱擁主義であり、また愛他主義である」。天皇制は宇宙神で唯一無二の慈悲博愛だから亜細亜に強制可能と。
わかんねえと言えば、ベルサイユ条約時の教訓から外務省改革志向し、白鳥重用して情報部長に据えた(革新派生みの親)な広田、有田、重光ら後年「反ワシントン体制」打破派になる外交官らを、革新派は「守旧派」「伝統派」として批判する。栗原正、仁宮武夫ら。戸部は背景に「人事不満」挙げる。
戸部本、真ん中。外務省革新派は他省の「革新官僚」と一線を画すか?問題。ワシントン体制打破だから、岸信介らのように「分析手法としてマルクス主義採用」の有無で外交史は分類してんのか。ちょっと分類がわかんねえな。
当たり前だよな。権力が法を無視するんだから、どんな優れた法体系でも国運は傾くよな。傾かないように法は作られてんだから。そういう意味では帝国近代史は単純で、国内法無視しワシントン体制という国際条約を踏みにじったから滅んだ。
結局、外務省革新派はワシントン体制打破、満州国容認、東亜新秩序、反米英を掲げた裏に、局内外交主導権争いと人事停滞(ポスト不足)があった(戸部良一)、陸軍も軍縮恨み、そして海軍は朝から晩まで予算。国際危機利用した焼け太り狙う本邦のお役所w 最後は戦争しちまうんだw
松岡が米英派大リストラするまでは、米英(仏)赴任以外の、特にアジアは、非エリート扱いですからね。中国アジア組がタカ派ワシントン体制打破になり、米協調の海軍さえ攻撃するのはわかりますね。冷や飯組。
返信先:@tcv2catnap最初の妻は貴族で、セミョーノフ将軍でしたっけ? どこかで外交官は国際結婚したら出世はあきらめると書いてありましたが、そんなことはないっ!出世よりまず日本で高等文官試験領事科を受けなくては。
ざまあみろという国民感情は仏文学者の辰野だけではない。徳川無声から高村光太郎ら多くの知識人・文化人の気分として記録されている。何故、ワシントン体制踏みにじった側がこういう感情になったかを考えなくてはならない。嫌々ながら十五年戦争してない。
お気になさらず。私もブロック前に俯瞰しましたが、一知半解というか単なる知ったかというか、つまるところ本邦もファシズムだった事、本邦もワシントン体制踏みにじった事など無視しているか、知識がないとあーいう残念な俺様サブカルチャーによる歴史遊びになりますね。通史を理解していない。
返信先:@tcv2catnapリプが遅くなり、失礼しました。ちょっと体調不良だったので。 頑張ってイタリアおじさんのポストを辿ってみましたが、まず論議があちこち飛ぶせいで、理解が出来ませんし、有り体に言って、古いというか、もうこれ、歴史修正主義者の主張そのものでは?と感じましたが、「主義」以前のホラに近い?