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海積の一人の布留多摩が神武東征前に他の海積やカミムスビ(日向三代には瀬戸内に拠点→最終房総半島)等同様に関西東海湖関東に既に飛来の一人が後にニギハヤヒの贈名 富雄川流域をみると現場では久志玉彦(ゆかり矢田皇女皇后時代に櫛玉 彦に応神朝に彦 饒速日と贈る)と呼ばれ←櫛玉 土地の鳥見彦妹娶る pic.twitter.com/6oxEhvufyD
兄)天火明ー布留多摩 弟)ニニギー海幸 山幸 応神朝に饒速日と名贈る そもの久志玉比古で本拠の富雄川沿いで祀られた櫛玉彦(明日香に分霊) 既にで台頭し全国区物部祖を祭神名で 櫛玉饒速日(下流で記紀も採用) の流れ pic.twitter.com/YJt9xmlARj
下流の混乱はこのあたりですね 布留多摩が下流の応神朝にニギハヤヒ(饒速日)と名前つく 矢田(八田)皇后のゆかり地域に物部祖が既に久志玉比古(神武朝の領民の呼び名)で富雄川沿いに祀られていて→櫛玉の冠 布留多摩(系譜名)に 櫛玉饒速日(天皇が贈る名)が決まり 後世に古事記日本書紀も 物部祖饒速日 pic.twitter.com/31f7AyEDxP
海積天火明ー布留多摩 ニニギ(弟)ー山幸 海幸 布留多摩 そもそも富雄川沿い久志玉比古で※矢田(八田)皇后ゆかり地域 応神朝にニギハヤヒ命名(ニニギに合わせた感) 久志玉比古=櫛玉 応神朝に饒速日命名 で 櫛玉饒速日=祭神名 下流古事記日本書紀もニギハヤヒ物部祖 養子にすれば三兄弟 + 海幸山幸 pic.twitter.com/11dNoTYTtO
海積天火明(兄)ー布留多摩(久志玉比古) ニニギ(弟) 応神天皇ー仁徳天皇 応神朝にニギハヤヒ名前付けた 矢田(八田)皇后のゆかり地域に富雄川沿い久志玉比古神社 祭神名誕生 久志玉比古+ニギハヤヒ で 櫛玉饒速日 下流の古事記日本書紀もその名前の流れ pic.twitter.com/zkxQ7I0YbV
さて、この陽光の傾きは覚えがあるぜ😂 西ノ京駅のレンタルは17時までなので、今日は大和西大寺駅19時返却にしておいた! (予測済ィイ!ദ്ദി ᐢ._. ᐢ)←いばることではない) 25号から富雄川のサイクリングロード、あと秋篠川の京奈和サイクリングロードで一気に大和西大寺駅までー!🚲 18時50分到着🙌 pic.twitter.com/1fVyRJTSJj
ツアーを開催しました! 5/11 富雄川流域の別世界へ!王龍寺・長弓寺特別拝観ツアー ツアーが終わる頃、初めてのお客様がガイドの友松さんと手を取り合い『今日凄く楽しかったです!また絶対参加します!』と。これほど嬉しいことはないなと、密かに感激していました… 皆様ありがとうございました! pic.twitter.com/7voAS8uG3u
大和郡山城を出て、本日の最終目的地は法隆寺です! 間に合うのだろうか⁉️(毎度こんなのばっか🥹) でも、せっかくなので寄り道もー!富雄川サイクリングロードを走って最初のお寺へ✨✨ 紫のお花が満開で、まさに紫野🙌 彼方に見えるのが慈光院⁉️と思ったら、住宅街から入れなかったので表の山門から〜 pic.twitter.com/9szSKyP3aD
船で上陸 1添神社本殿真下にナガスネヒコ密かに祀る 物部は神武天皇論功行賞から外れる 富雄川に久志玉比古神社と登彌神社周辺時代 乱後に2綏靖天皇即位 2等彌山の上津尾神社(水害前旧地)に宇摩志麻遅がニギハヤヒ祀る 3六代孝安朝に物部縁者姫石上の神籬(今の禁足地)に神降臨縁起に石上神宮 4阿斗台頭 pic.twitter.com/Dd2s4b9T0q
交野市磐船神社(参考地※富雄川沿い有力)は石切神社穂積(下流整備)と同じく 物部子孫多弁宿禰系(交野連)が土地に祀る 事代系乱神武皇別2綏靖天皇即位まで富雄川沿い密かに祀られ男子ウマシマジでゆかり富雄川沿い神社や等彌山作られ(ナガスネヒコ添社幕末まで秘) 大目以降10崇神朝以降に石切や交野整備 pic.twitter.com/HAOyMapUWX
物部肩野連(©️が男系9開化天皇朝の物部伊香色男の男子の多弁宿禰からが交野物部の肩野物部で®️女系は交野市隣の山代国造の天津彦根-天目一箇即ち天御影ー意富伊我都ー阿多根が山代国造→山代縣主長溝娘)が興るのが崇神朝以降で やはり船岩=ニギハヤヒ(クシヒコ)が大和入りポイントは富雄川沿いですよ pic.twitter.com/yXeHVX4uwZ
一部下流偽書(古事記日本書紀後作られた※但し斎部の一族再興の中臣意識した下心思惑からの古拾語遺は参考資料になり得る)の影響での社は別とし 大和にニギハヤヒ祭神がないのは富雄川沿いに温存してから事代系神武皇別2綏靖天皇即位からウマシマジで宮中奉職で二代目物部祭神の祖中心 但し®️本物祭神 pic.twitter.com/EclEnbcF4W
一枚目 神武論功行賞には物部は含まない(富雄川沿いに温存) 余談 熊野三山は上流物部で分離八尾市阿刀物部が後に熊野国造系とは全く別の下流で興る穂積(小碓皇子タケル同伴の亀山市忍山物部系が東海湖で穂積興る)が熊野三山や石切神社を整備する 二枚目 神武朝物部は富雄川沿いで力温存 男子奉職等彌山 pic.twitter.com/a22Nz2k69U
近鉄南生駒線(ご先祖の大塔宮護良親王が側近赤松円心と立てこもる虎の寺※25年前に散策した※裏側が最近散策した恩地神社)沿いでなくや龍田社でなく) ニギハヤヒらは富雄川沿い(添神社の本殿真下にナガスネヒコ鎮座※で添社二つある※下流クシヒコ)ですね→次世代で三輪山近くに等彌山にニギハヤヒ祀る pic.twitter.com/1f5ej0IrHi
そんな経緯で 大和の物部ゆかりの主祭神が男子のウマシマジから 最上流(ナガスネヒコとその妹とニギハヤヒ夫婦)は三碓添社から富雄川の少し下流の登彌社のあたり 男子ウマシマジが桜井の等彌山の上津尾社(旧地)にニギハヤヒを祀る(水害で今の場所) 八尾市⭕拠点→下流で熊野国造←穂積興る熊野三山社家 pic.twitter.com/yqzejz6r5O
🈁略図で 石切は穂積が創建整備で下流(タケル小碓皇子が東海湖入り同伴亀山市忍山社家物部が東海湖で興る穂積下流🈹) スネナガヒコは添神社(三碓の方※で添社二つある)の本殿下に祀る 富雄川下流の登彌神社にニギハヤヒとナガスネヒコ妹夫婦祀り ウマシマジ子供の代で宮中祭礼地鎮祭で等彌神社山に祀る pic.twitter.com/B4Nuyfz1de
河合町にある宗教法人本部。 天理教から派生したらしいが、建物は天理教の施設とは真逆なデザイン。 奈良市の富雄川沿いに似たような建物があるが、そっちは病院。 pic.twitter.com/muwNqxZbH8
旧変電所、富雄川側はだいたいできたわ、 寸法当たり用のLiderスキャンしてモデルガイドにしてあとはゴリゴリスクラッチで3Dモデル起こす。 上の子どものお迎えがあるので今日はここまで #C4D pic.twitter.com/r89em9spxw
近鉄・富雄駅前の旧変電所が取り壊されてしまうそうです😢せめて、フォトグラメトリでデータとして、あとは解体の時に数点レンガを採集させてもらって職場で保存できたらと思うのですが…
【生き物シリーズ】暖かくなり生き物達の動きも活発です。富雄元町地域では訪問するたびに出迎えてくれる飼い猫君です。また中登美ヶ丘での街頭活動のおり獲物を捕まえた椋鳥にも出会いました。更に富雄川ではツガイの鴨が巣作りに励んでおります。命弾む新緑の季節へと更に活動へと邁進して参ります! pic.twitter.com/0e52f2aKwi
キャンセルが出たため、以下のツアーを若干名募集再開しております!#ちとせなら 4/27(土)雷様のヘソや熊五郎狐など!妖怪文化研究家と大和郡山の伝承を訪ねて 5/4(土)森の案内人と行く!世界遺産・春日山原始林と絶景の若草山をくだる 5/11(土)富雄川流域の別世界へ!王龍寺・長弓寺特別拝観ツアー pic.twitter.com/Y6H4uZtHY1
富雄駅が今月末で開業110周年。よく利用する駅だから誇らしい。50年前の写真と比べても駅舎自体はそんなに変わってはいない。興味深いのは西口のすぐ前が奈良交通の停留所だったのかな? で、富雄川沿いに歩道があること。 pic.twitter.com/61BdIEJpfU
22日(月)JR郡山駅から街頭活動スタート🎤議会報告、全国自治体アンケート等の内容を訴えました。 途中、畑で作業をしていた方の貴重なお話を聞かせていただきました👍 富雄川の河川敷の花も圧巻でした🌸 午後は党支部会の打ち合わせ等の準備🤗 pic.twitter.com/vaGFWSgrwa
富雄川沿いの登弥橋信号前でこのスマホを落とされた方!! 近鉄郡山駅前の交番まで届けましたので取りに行ってください! (落とし物は警察署に移動してることもあるため、取りに行く際は先に交番に連絡を入れてからがいいです。) pic.twitter.com/T7z2ijdj0q