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408年前の今日、徳川家康が亡くなりました。江戸幕府初代将軍。1615年に禁中並公家諸法度、武家諸法度、一国一城令を策定して、朝廷や諸大名を統制下に置き政権を盤石にした翌年、病に伏し亡くなります。264年間の徳川の世はこの家康の土台造りの賜物ですね。なお死因は胃癌説が有力になっています。
返信先:@mugikibi1111それシャリバテ(低血糖症)の初期症状です 山で一番多い死因です そのまま意識はハッキリしてるのに体が動かなくなって死に至ります 昔はヒダル神の仕業だとされ、徳川家康も山越えの時はおにぎりを山ほど持っていったようですよ もしそうなったらとりあえず何か食べる 応急処置で板チョコひと欠でもOK
小学生の時 渡された歴史小説が伊達政宗と豊臣秀吉と徳川家康 歴史小説に全く興味がなかったので嫌々読んだし、伊達政宗の母親がヤバいのと 手紙の鳥の目と、家康の死因以外 殆ど記憶にないけど とにかく織田信長はない
返信先:@Novembe78894667徳川家康の死因が天ぷらの食べ過ぎって俗説は有名だし、庶民向けの江戸前料理として天ぷらは辻売りや蕎麦の種物として人気でした。彼の知識は裏付けのない思い込みでしかないと、自分で公言しているようなもんです
返信先:@Awakend_Citizen@Awakend_Citizen さんは、逆張り誹謗中傷層の3番目のアレなのですね。 徳川家康の死因が、好物の茄子のテンプラにあたったためという伝説もあるのに。
江戸時代に天ぷらの屋台がったし、徳川家康は天ぷら食いすぎが死因だという話もある。
そもそも精製された油をかけたり油で揚げたり油で炒めたりする食べ物は日本人の食文化にはなかったものなんです 戦後アメリカから大量に買わされた食用油と小麦粉を消費するために書き換えられたのが今の食文化です 小麦も植物油も乳製品も本来日本民族の体には合いません…
そもそも精製された油をかけたり油で揚げたり油で炒めたりする食べ物は日本人の食文化にはなかったものなんです 戦後アメリカから大量に買わされた食用油と小麦粉を消費するために書き換えられたのが今の食文化です 小麦も植物油も乳製品も本来日本民族の体には合いません…
徳川家康の死因って…
そもそも精製された油をかけたり油で揚げたり油で炒めたりする食べ物は日本人の食文化にはなかったものなんです 戦後アメリカから大量に買わされた食用油と小麦粉を消費するために書き換えられたのが今の食文化です 小麦も植物油も乳製品も本来日本民族の体には合いません…
現在では否定されている俗説ですが「徳川家康の死因は鯛の天ぷらの食べ過ぎ」説も在りました。
勿論ですが、天ぷらは戦後よりもはるか昔に伝わっており、伝来元はポルトガルなので「戦後に米国が日本文化を書き換えて作った料理」ではありません。 showa-sangyo.co.jp/enjoy/encyclop…
返信先:@HironobuSUZUKI徳川家康の死因は高齢になってから天ぷらの食い過ぎで油によって消化器に負担をかけたせい、という話がありますな。 病で上京できずに死んだ武田信玄や、お頼み申すと幼い秀頼を託して死んだ秀吉を見ていた家康は自分で薬を調合できるレベルでの健康マニアだったらしいのに。
今日は静岡。ホビーショーが目的だけど近くに行きたい所があったので先に寄り道。藤枝市の #田中城 。同心円の縄張りが珍しい城。本丸跡は学校になっているが往時の櫓は近くの下屋敷跡に移築。徳川家康の死因と言われる鯛の天ぷらを食べた城でもある。 pic.twitter.com/L0hW0ADnf4
『徳川家康の最後の謎:死因は本当に病死だったのか?』**徳川家康の死因** - 徳川家康の死因は公式には病死とされていますが、その詳細については... youtu.be/rtPwXOIqJtY?si… via @YouTube