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🇯🇵⛩️日本神話の神々【伊勢津比古命】...?👀👌 〔いせつひこのみこと〕 『伊勢国風土記逸文(ふどきいつぶん)』に出てくる伊勢国の主だった神。天日別(あめのひわけ)命が神武(じんむ)天皇の命により伊勢を平定したとき、抵抗したが、結局夜の間に風をおこし波に乗って東方に去ったといわれる。
風土記メモ4 ・日本書紀に記載のある浦島子伝。 ・日本書記のものと大意は同じ内容で、舞台でもある丹後国の風土記(逸文)にも浦島子の話が載っている。 ・古代から中世を経て徐々に内容が変わり、明治~昭和期の国定教科書に掲載された内容が、現代に広く知られている浦島太郎のおとぎ話に近い。
岩戸山古墳出土の石馬。 可哀想に、真っ二つにされています🥲 経年劣化でなく、破壊の跡。 『筑後国風土記逸文』によると、「乱で敗れた筑紫の君磐井が日田地方に逃れて見つからなかったため、腹を立てた朝廷軍の兵士が破壊した」そうです。これらの記述から、岩戸山古墳の被葬者が判明しました。 pic.twitter.com/AGC1ri6dLQ
都美恵神社の起源は古く西紀二、三世紀以前ではないかと思われる。我が国へ渡来してきた北方民族(出雲民族)がこの柘植へ移住してきたことは、伊勢風土記逸文に「伊賀の事志【あなし】の社に坐す神、出雲の神の子出雲建子命、又の名は伊勢津彦の神、又の名天櫛玉命、此の神、昔、石もて城を造り、其 pic.twitter.com/TVFPpADawn
賀茂別雷神社 歴史。 創建については諸説ある。社伝では、神武天皇の御代に神山(こうやま、賀茂山ともいう)の麓の御阿礼所に賀茂別雷命が降臨したと伝える。 『山城国風土記』逸文では、玉依日売(たまよりひめ)が加茂川の川上から流れてきた丹塗矢を床に置いたところ懐妊し、それで生まれたのが賀
伊勢外宮に祀らるる豊受大神の起源説話が、『丹後國風土記』逸文にあり、これが白鳥乙女説話の一種なのである。つまり天照大神と豊受大神のセットとは、西王母と織女のセットなのだ。織女は西王母が天に連れ帰るが、豊受大神は帰ることが出来ず、放浪の果てに竹野郡船木の里の奈具の村に留まる。→ pic.twitter.com/N2s631xKOY
賀茂別雷神社(上賀茂神社)。山城国愛宕郡(京都府京都市北区上賀茂本山)の名神大社で山城国一宮、世界遺産。主祭神は賀茂別雷大神で、山城国風土記逸文に川から流れて来た丹塗矢(火雷神)で玉依日売が身ごもって生まれた神で、玉依日売の父の建角身命が新撰姓氏録によれば、神魂命(神皇産霊尊)の… pic.twitter.com/HutMf8tUcj
📢明日開講📢 「風土記をよむ」 5/15, 6/19 水曜 10:30~12:00 講師:兼岡 理恵(千葉大学教授) 風土記の片鱗をつたえる「風土記逸文」を、様々な角度からひもといてゆきます。 asahiculture.com/asahiculture/a…
「風土記をよむ」 5/15, 6/19 水曜 10:30~12:00 講師:兼岡 理恵(千葉大学教授) 風土記の片鱗をつたえる「風土記逸文」を、様々な角度からひもといてゆきます。 asahiculture.com/asahiculture/a…
丹生の地名は全国各地に見られますが、中央構造線上が圧倒的ですよね。ただ地球科学図を見ると、出雲や丹波も水銀(辰砂/丹は硫化水銀)の濃度が濃い地域が見られ、丹関係の地名があって不思議はありません。丹後国風土記逸文の奈具社の天女の「羽衣伝説」のお爺さんとお婆さんが和奈佐老夫/老婦です… pic.twitter.com/X6q2bIBzpi
更に言えば前者は装備が『日本書紀』神代巻一書に記されたイザナミノミコトの葬送の様子や『伊勢国風土記』逸文に記された外宮の神官、度会氏の祖先伝承の記述などとの共通性が見られたりと、古代の葬送儀礼を、後者は古代の湧水祭祀の実態を考える上で非常に重要な存在なんですよ。
6月30日の夏越の祓の際にくぐる茅の輪の起源の一つには「備後国風土記」逸文の武塔神(むとうのかみ)の説話があります。また、室町時代の『公事根源』などには、輪をくぐるときに「みな月の夏越の祓する人はちとせの命のぶといふなり」という歌を唱えると伝えています。 #神社検定 pic.twitter.com/3O8oJ4cDCg