われが身は世を浦島の箱なれやあけてはかなく老いのみぞ積む ひまもなく世をうき舟にかゝりつる波の枕の行方知られず はるかなる四方のながめのかひぞなき命の憂きは出でもやらじを ながらへば憂世の跡もなき果てを千年かけても待ちわたらまし #為忠家初度述懐百首　了

うらみつる海人の釣り舟いかゞせむ拾ふかひなく沈みゆく世に 身のかひを頼むもむなし雁がねの帰るともなく北をさしつゝ 籠められし陰の恨みを世にゝほふ花も後にや思ひ知るべき 雲居にてわが身を花と思ひしに果てこそ同じ憂世なりけれ #為忠家初度述懐百首

敷島のやまとのことも知られねどならぬ身の憂さかき散らしつゝ いかゞせむ事ならぬ身はこま笛のこまかに人の言ひ立つるをば わび人は紅葉に焚かむ酒もなし憂さのみ石に書きつくるかな なほ世には有馬の出湯出でかねて恨みのみこそ絶えず湧きけれ #為忠家初度述懐百首

大堰川汀に立てる葦鶴のいつまでわが身憂き目をや見む 我ならば人も梢に鳴く猿の何を憂しとか山に住まゝし 住吉の神も咎めじ憂き事のつもりの恨みかくて流すを 世を捨てゝ深山の寺はとめ来れど鐘も心もつき果てにけり #為忠家初度述懐百首

憂世より谷の朽木に吹く風はかひあれとのみなどしをるらむ 白雲のたなびく峰に入りぬればげに憂世より住みよかりけり 遅れつゝ世に憂き目のみ御溝水立ち廻られぬ身をいかにせむ 世に経るもかたき巌に憂き波の寄るな咎めそ玉津島姫 #為忠家初度述懐百首

我もなほわが身を憂しと厭ふ世に偽り人のさもあらばあれ 変りつる不破の関こそ嬉しけれ越えむ心に憂き目また見じ 朝露のおきふし憂き身忘れなむ深き山路に跡も知られじ 憂世より軒のしのぶのかたがたに忘れ果つべき行方ともがな #為忠家初度述懐百首

思ふとも難波の葦の何かやるふみ返されてしをれむ物を 逢坂も果ては憂き目となりぬべみ頼みもあへず山がつの身は 心には憂き人ぞとて厭ふらむことは朽木と捨て果てねはや うらみても泣きてもならじ憂世にはわが身のかひにあふ事ぞなき #為忠家初度述懐百首

ふすぼゝれ我は深山に埋火のいきてかひある世とだにも見ず うらみつゝ憂き世の中は捨小舟おのが立つべき年の瀬もなみ 知らるべき思ひだになし月影の破れにし庵のひまはもるとも 捨て果てむ心ぞまさる人よりは憂さのみ繁く聞えくる世を #為忠家初度述懐百首

雨降れば世をうぢ川の網代木に嘆き夜また日を過ぐすかな 月影も取る榊葉に置く霜も栄えで過ぎしわが齢かな とやがへるはし鷹の身のある世にも我は雉子と逃れわたらむ 世を捨てゝ深山に我は炭竈の煙の恨みなほぞ絶えせぬ #為忠家初度述懐百首

我ならで憂世の風に萎れにし浜辺の葦は立ち直るかな 須磨の浦に暁かけて鳴く千鳥うき寝の数を身とや積みけむ 世に経るも谷の氷のかたき身に幾重や添はむとけぬ恨みは 川深み下は苦しき水鳥も憂き身ならねば上ぞつれなき #為忠家初度述懐百首

渡られぬ世をうぢ橋に落ち積る朽葉はおのが恨みなりけり 霜さゆる葎の庵にいざ経なむわが身憂世に置き所なし 賤が屋の閨に漏りくる霰だに憂世の言にまさりしもせじ 何をかは憂き身に松の雪重み折れて恨みの色は変らじ #為忠家初度述懐百首

なに人は欠けなばしをる望月にあらねど月のあはれなる世を 砧打つをちの里人槌ならで憂き言の葉のなど聞え来む 暮れぬとは言ふかひもなし常よりも憂世に秋のまさりこそすれ 冬ぞとも分かざりしかな神無月袖に時雨の絶えぬ憂き身は #為忠家初度述懐百首

憂世てふ籬に生ふる朝顔の一日咲くだにうらやまれけり 我ならで誰か引くらむさ夜更けて影もしるしや望月の駒 身と共に世をうき島に鳴く虫はよろづの果てを待つにやあるらむ いでやこの岸に生ひたる白菊の知らず憂世に永らへむとは #為忠家初度述懐百首

さす方は小倉の峰に鳴く鹿のなきつゝ我も世を過ぐすかな 身に積る嘆きの杜のもみぢ葉はうらみて色のなほまさりけり 払へども苔の袂に置く露は憂世逃れぬしるしなりけり あしひきの山田の里に立つ霧の晴れず憂世を恨みわたらむ #為忠家初度述懐百首

風荒き憂世の宿を刈萱の思ひ乱れつ心からかは 憂き身世に雨ふる後は藤袴にほひまさらでほころびにけり 世を背く庵の隣の荻の葉も憂きやと聞くにそよと答へつ いかにして憂世逃れむ雁がねのなほなき渡る秋ぞわびしき #為忠家初度述懐百首

七夕にあらぬわが身は朝露の消えねと人に厭はれぬらむ 憂世には秋萩咲ける庵の庭わが朽ちぬとも恨み忘るな 人知らぬ籬に籠むる女郎花せめて憂世のよそに過ぐさむ ほに出でゝ憂世恨みむ花薄人なき野辺の陰に取られじ #為忠家初度述懐百首

などか我池の蓮の台をも頼まれねども世にはわびにき 騒ぎなき雲の林も空蝉の殻とならずは憂世なりけり 千早振る賀茂の川瀬に禊しつ憂き世の中のみな尽きねとて 人訪はぬ板井に寄れば冴えまさる水も憂世に秋は来にけり #為忠家初度述懐百首

思ひわび世をうき草の朽ち果てゝ蛍の影と恨み出でなむ 渡られぬ世を鵜飼舟身の行方闇路にかくる綱手くるしや ながむればをちの氷室の山になほとけぬ恨みの世にとまるらむ 深山木の陰に憂き身はくづほれて夏も袂の冴えまさるかな #為忠家初度述懐百首

憂世かな門田に植うる早苗にも沈む恨みのあらざらめやは ますらをのともしの火をば有明の影に紛はむ憂世なりけり ことならばとく沈めなむ五月雨の世にふる事も捨小舟をば 柴の戸を寝覚めに叩く水鶏しもしをる憂世の人にまさらじ #為忠家初度述懐百首

奥山に世は捨てにしを夏草の憂き人繁く訪ひ来るやなぞ いかゞせむをちの村里見てもなほ世をうの花の盛りなりけり 時鳥雲居に声の聞ゆるや憂世空にも恨み鳴くらむ などか我世の憂き江にも生ひにけむあやめも知らず恨めしきかな #為忠家初度述懐百首

くちなしの生ふれどおのが恨みをばまづ知らせつる袖の滝かな 身を何と岩垣沼の杜若憂世隔てゝとく枯れましを わが沈む池の汀の藤波のなみに憂世を恨み来しかは 草に置く露の宿りの束の間も憂世に惜しむ身の春ぞなき #為忠家初度述懐百首

小山田に生ふる苗代見るにだにたのみなき身の末ぞわびしき かひもなくふる屋に菫咲く庵とわが身憂世に忘られなまし 春の野に遊ぶ糸こそめでたけれ憂世にとまるしがらみもなし 今更に憂き身に何か岩つゝじ包めど世には露ぞ漏り来る #為忠家初度述懐百首

つくづくとわびつゝ経れば春雨のいと憂き身と世せむ方もなし 浅茅生の沢の若菜を食む駒も陰の下草よそにこそ見れ 帰る雁なほやわびしきしがらみのとむる憂世に逢坂の関 憂世より谷に入るべきしるべとて呼子鳥こそ嬉しかりけれ #為忠家初度述懐百首

恨みをば窓の梅が枝忘るなよ憂き身は庵と朽ち果てぬとも この岸の青柳の糸繰り返し憂さを束ねて経るもわびにき 摘む袖も八入の岡の露添はりおのが恨みともゆる早蕨 背くとてまほの朽木は世にゝほふ深山桜も見るぞわびしき #為忠家初度述懐百首

ゆかりなき春の初めも憂しとのみわが泣くねの日末のみぞ待つ 春霞立ちわたれどもいかゞせむ和歌のうらみのさやかなる身を 春もなほ身を鶯の嘆きつゝ日は呉竹の世をぞ恨みむ 春日野の若菜よりこそ雪消えぬ下に憂き身は年を積みしか #為忠家初度述懐百首

五月来ば鳴きも古りなむ時鳥、まだしき程の声もみな恨みに変るわび人の述懐百首小止みせず、憂世にふるや五月雨の空もとゞろに鳴きわたり、嘆き尽きせぬ身のかひも嵐吹く世に跡ぞなき。されば何れも厭へや厭へ。渡られぬ憂世の苦患うち添へ／＼怨恨憎悪止む時無し。 #為忠家初度述懐百首 #短歌 #tanka