アーケードの入口。邪魔にならぬよう端に寄って耳を澄ます。ばさ。かち。かち。かち。傘は一斉に開くのに閉じるタイミングはまちまちだ。着地する鳥たちを想起する。美しい編隊飛行も地に届けば散らばる。お前はどう着地したい。手元の傘に訊けば疲れたと言う。まったく同意だ、帰ろうか。 #紙稿朔語

お前の本なんか誰も買わないよ／お前の小説なんか誰も読みはしないよ／お前程度のやつなんかたくさんいるよ／ハムとチーズを取り出す耳元が騒がしい。古びた夢にいつまでも縋り付いてみっともな／ところで鬱陶しいけど美味そうだなお前。地獄の門のように、ホットサンドメーカーが閉じる。 #紙稿朔語

送り出すことは創り手の誉れ。心血注いだ電子データよ、身体を持って帰ってこい。 #紙稿朔語

続けるか終わらせるかは常に選択できる。むしろ選択を迫られる瞬間のほうが多い。選び取った先で何が起きても誰かのせいにはできない。選ぶ自由とはそういうことだと思う。終わらせなければ手渡せない。やるべきことは済ませた。完成した原稿を眺め、ベッドに倒れ込む。 #紙稿朔語

生産性と友人は言う。ファストフード店の片隅で工業製品めいた食べ物を齧る。おまえはこの言葉を嫌うがね。そう言えば何か為した気になる連中が嫌いなんだ。油の匂いに雑談は続く。おまえの書いているそれには生産性があるのかい。無いよ。すかさず応える。何事にも、余剰と余白は必要だ。 #紙稿朔語

ボックス席に近づくと四人組が一斉にこちらを見る。やばいなと思う。最近は人に化けるのが上手くなった。子は親に似るのだから当たり前だがあまりにひどい。あいつは馬鹿。こいつがウザい。キモい。げらげらげら。人の皮をかぶった人の悪意が大声で笑う。今日の珈琲は、ひときわ不味い。 #紙稿朔語

ストレスなのはわかっている。人の見るあらゆる夢は大抵悪夢ということも知っている。それを踏まえても筋金入りの凶夢だった。セルフ暴力とでも言うべき理不尽ドラマ。もちろん目覚めも最悪だった。まあもう少しの辛抱だ。もう既に、終わりは見えている。 #紙稿朔語

生活は創作の敵。飯を喰う暇があるなら書きたいのに、ままならないことだ。 #紙稿朔語

同じ本を三度創るとは思わなかった。願った夢ではあった。ただし叶う保証はなかった。もっと必死になっても良かった。ただしきっと楽しくはなかった。忘れた頃に叶うくらいが適温だ。深く息を吐くように。肩の力を抜くように。ないはずの永遠を、思い描くような心で。 #紙稿朔語

潮の匂いの文学から、川の香りの文学へ。 #紙稿朔語

早起きは嫌いだ。人混みも嫌いだ。暑いのも嫌いだ。そもそも人と話すのが嫌いだ。それらをみんな覆すくらい文学が好きだ。夜が明けたら走っていこう、東京の海のうえ。 #紙稿朔語

落ち着かなさを指に託しては迫る締め切りと鬼ごっこ。タイムラインの高潮は宴会場の海へ続く。走っているか魔術師たち、荷物の紐を締めたまえ。 #紙稿朔語

もう少し幸せな話が良いと恨めしげに言う。私もそうしたいと応える。ここ数年仕打ちがひどくないかと言い募る。自覚はあると辛うじて言い返す。言いたいことがあるなら言えと迫る。それなら小説で言っていると反論する。あんた死ぬまでそんな感じだろうな馬鹿此瀬。すまん、杜都。 #紙稿朔語

創ることは変わらないのに人は変わっていく。創り続けると心に決めても世界は移ろいでいく。私たちは常に試され弄ばれ嘲られる。終わらない物語はどこにあるのか。くすまない青はどこにあるのか。止まない問いかけが、次の作品へと繋がる一歩であるように。 #紙稿朔語

疲労困憊と言うにはまだ早く時間があると言うにはもう遅い。毎年こんなことを繰り返して何になるかはわからない。締め切りとの鬼ごっこで終わる人生かもしれない。虚しいと笑う人を咎めはしない。何の理由かわからないが生きているならば、目いっぱい阿呆なことをして死にたい。 #紙稿朔語

誰にも会いたくないから雨の日に歩く。でも結局うんざりして帰る。また、何度も同じことを。 #紙稿朔語

空には雲のコラージュ。日光が傾斜を強くしていく。遮られず海から届いた風が駆け回る。標高はここらでいっとう高い。屋上駐車場ははっとするほど清々しかった。潜ったり沈んだりする稼業を選んだ。そういう人間にはふさわしい場所と思う。どこへでも行けることを、確かめるために。 #紙稿朔語

執筆に飽いて外へ出る。冷たい蕎麦を食べつつざわめきに耳を澄ます。様々の人々。様々の人生。すべて独立の物語。食べるときくらい忘れたらどう。同行者が熱い出汁を啜る。そうできたら苦労しない。言い返しながら揚げた茄子を噛む。食べることも書くことも、生きることに繋がっている。 #紙稿朔語

天国はまだ遠い。地獄はまだ早い。遊び切るまで帰れない。原稿用紙の升目のうえで、インクにまみれて走り抜く。 #紙稿朔語

書いて積んで努力は不断。登り切ったら三百段。揶揄する声は最下層。界隈は架空。存在しない多数。迷惑を主張する代弁者の無貌。混沌に水差す低血圧の無謀。けれども我々いたって無法。締切間近、待て続報。 #紙稿朔語

おそれることなく創り続けよう。創ること、それ以外に生きる道はない。 #紙稿朔語

目覚めた空気の重さで季節の進んでいるのを知る。膜のような薄い薄い闇が街にかかればかすかな雨音が眠気を呼び戻そうとする。低気圧の連休が明けて寒さも張り切るというもの。毛布のぬくもりが心地好い。さて、それでは。 #紙稿朔語

米は少なめ。その代わり大ぶりの皿には山盛り。原材料名風に言うならもやしにらレバーにんじん玉ねぎだった。料理名に対する実際の比率に疑問はあるがなんにせよもうしばらくはパワーが必要だ。湯気の立つ皿には香ばしい匂い。ぐうっと鳴った腹に応え、ぱきりと箸を割る。 #紙稿朔語

渋滞がピークだとニュースが言う。遊び疲れて後部座席で睡っていた頃を思い出す。同じようなことをしてやる相手は一生持たないだろうが、どの車にもやすらかな夢があるように祈る。 #紙稿朔語

締め切りがあるから、原稿は終わるのだ。 #紙稿朔語

このところ夢見がおかしい。褌一丁で踊るアーティストや謎の器具で八つ裂きにしてくる化け物への解釈が思いつかない。近づいた締め切りへのストレスが原因だとは思う。フィクション書きを圧倒するために必要なのはさらなるフィクションということか。ということか、じゃないんだよ。 #紙稿朔語

顔見知りの烏が久しぶりに軒下へやってきた。随分痩せている。三日ぶりにありついた餌を人間に攫われたのだと言う。昨日隣人が保護した仔猫のことを思い出す。命の価値は不平等なんて今更だ。俺たちが飢えても誰も悲しまない。艶を失った翼を撫でてやった。少なくとも私は、悲しいよ。 #紙稿朔語

目が覚めた。目は覚めた。洗った毛布を干すために寝床から出なくちゃいけない。いけないのに体が鉛のように重い。実は金のほうが比重は大きいらしいがそんな豪華な話ではない。寝返りを強行すると吐き気が反抗してくる。ため息だけは自由自在。STAY GOLD と呟き、再起動をひたすら待つ。 #紙稿朔語

大したもんだよ。良く頑張ったね。頷く看板がくすんと鼻を鳴らす。空白の目立つ書棚が潤んだ目をしばたいている。長く長くこの街を見てきたと呟く。去るものも来るものも。では次はきみが書く番だ。きみしか知らないこの街の物語を。再び頷いた古い看板が、静かに光を取り戻してゆく。 #紙稿朔語