「城跡」 #1日1話 母とその市の西北にある古城に行った時、石垣に母は小さな石を入れた。なぜそんなことをするのかと問うと、「私がこの石垣に石を入れたということは、この城を作るのを手伝ったってことでしょ」と言っていた。母が築城に携わったのは21城になる。

「2051年」 #1日1話 2050年。小学生6年生圦の窓の外で鯨が飛び上がり、授業は道徳とハーバード現代中国史を組み合わせて学ぶ。疲れた時には死んだペットをいつでもお腹に乗せる。彼女の誕生日はもうすぐで、何のプレゼントがいいか両親(一方の母は南極もう一方の母はタイにいる)に聴かれている。(1/2)

轟音と共に全身に風が吹き付ける。またあと一歩を踏み出せなかった。ため息を吐き出しながら脱ぎ捨てた靴を履く。教科書の入った鞄よりも重い鉄の塊が私の中にあった。また、1日を生きないといけない。いつになれば終わりを迎えられるのだろう。終電が走り去ったホームで、心が沈んでいった。 #1日1話

「bot」 #1日1話 13年前に大学の同居人と作ったbot。ただただ、同じゼミのムカつくやつ、就活で勘違いしたやつをバカにするbot。久しぶりに開けてみたら、渡辺「ここで成長しないやつはパージかエクスクルードされる」とつぶやかれていた。13年間、渡辺のイタい発言が繰り返されていた。

「花」 #1日1話 この世にない花を描く画家。そのおどろおどろしくて華やかな色合いはどうして生まれるのかと聴いた答えは、そのまま「パクる」。未知の曲や香水や建築を花に置き換えているだけなのだそうだ。「この花はイランのロックです」と教えてくれた花は確かにイランのロックだった。

「第三次世界大戦の原因」 #1日1話 日本西南部への核弾頭着弾事由の調査報告書 第一次原因:下記Xにおけるポスト 「ロシアに対してはどんな行動も厭わないっピ〜」2025年5月22日14:52(北方領土エリカちゃん) 補足:内閣府北方領土担当参事官補佐に投稿の専決があり、誤って宣戦布告がされたもの。

「実際に」 #1日1話 自分の担当している小説家に昔やっていた英語の問題集、特に和訳をするものを持って来させるようにしている。文章の癖は読んできた日本語ではなく、英語によって決まることが多いからだ。もう一度、自由に訳させてみる。そうすると、表現力が解放されていく。

「ニシキヘビ」 #1日1話 ニシキヘビの肌ほど誤解されているものはない。ザラザラしていて逆撫ですると引っ掛かるように思えるかもしれないが、サラサラで少しぷにぷにとしている。ヌメヌメもしていない。何かに触れるということは大きく理解をすることの一歩である。

「鍵」 #1日1話 家の鍵を閉めるのが面倒でいつも開けっぱなし。今日は世にも奇妙なものがたりを観て怖くなった。でも鍵をかけるのは心配だから、玄関に2万円を置くことにした。これで泥棒が来たかどうかわかる。最近、代引き払いで使ってしまって、誰が使ったのかもよくわからなくなってきた。

「ぴったり」 #1日1話 「1024円です」ローソンの店員さんにそう言われた時、彼氏はぴったりだと言った。 ある日、なんでもない日に「おめでとう」と言ってプレゼントを渡してきた。32歳の誕生日はあと3ヶ月も先なのに。

「撫で方」 #1日1話 祖母の撫で方はうまい。猫が逃げない。普段は逃げる野良猫も、祖母にかかると目をこれでもかと細くして平べったくなる。コツを聴いてみたら練習しかないのだそうだ。その練習は自分の肌を一番気持ち良く撫でることらしい。自分も撫でられない人間は猫を撫でられるはずがないのだ。

「エレベーター」 #1日1話 うちのエレベーターはボタンが壊れていて、なぜかいつも36階がつく。消しても消しても36階がなぜか着くけど、私は何度も連打をして消そうとする。コンビニに行こうと思ったのに、毎回36階で止まってしまう。早く直らないのだろうか。

「貧乏神さん」 #1日1話 ローソン神泉駅前店。同僚の間で有名な客がいる。名前は「貧乏神さん」彼女(30台半ば、いつも灰色のスーツを着てる)が取る商品は極端に売上が下がる。下手したらメーカーも倒産するのだ。(1/2)

「5歳の時の夢」 #1日1話 人生は一度きり。5歳の時の夢を今日叶えてみようと思った。ミキサーに青汁、マヨネーズ、タバスコ、ケチャップ、シーチキンを入れ、ポテトチップスをコンソメからのり塩、そしてインスタント麺をそのまま入れて混ぜた。31の新作アイスのような見た目の液体は夢そのものだ。

「マイクラ」#1日1話 50年ぶりにマイクラのサーバーに入ってみた。コロナという病気が流行った頃、仲の良かった大学の同期で作ったサーバーだ。肝臓がんで死んだあいつの9色羊の牧場や何もかもブロックされたあいつが住んでいた天空のマグマの塔。出家したあいつが作った大仏は当時のままだった。

「新渋谷」 #1日1話 歩きタバコも飲酒もできなくなった渋谷は綺麗に落書きも消え去り、香水が微かに匂うような素敵な街となった。渋谷区の目下の政策課題は新渋谷駅の浄化問題である。白地の壁は全て何かで塗られてしまうため、ドローイングができない壁にされている。

「パスタ半分」 #1日1話 パスタを半分に割って茹でるなど、絶対に許されないと考えていた男。しかし、彼の実家のパスタは毎回半分割られていたことを彼は知らない。パスタがうどんより平均的に7cm短いことなど、もっと知らない。

「深夜のファミレス」 #1日1話 昔の日本には当たり前のよう朝までやってるファミレスばかりだった。試験勉強をする大学生、何を話すでもなくただコーヒーを飲む高齢者、金属を身体にジャラジャラとつけたジャージのカップル。彼らは眠るとあるいはデニーズの店員に起こされた。(1/2)

「焼きおにぎり」 #1日1話 祖母の焼きおにぎりはとにかく硬かった。必死で噛んでも、全部食べることができない。でもカリカリとガリガリの中間のような食感でとてもとても美味しいのだ。当時5歳だったが、30年経って再現できたとしても、幼児の顎と歯で食べたあのおにぎりはもう味わえない。

「時計」 #1日1話 当時私は町役場の三年目になる若手で、議会(といっても12人程度)の運営をする部局だった。その日は大事な予算審議の最終日で、既に深夜の23時だった。時計をちょうど見上げた時、議場から電話がかかってきた。「審議が終わりません。今日中に終わらないとデフォルトです」(1/2)

「お誕生日」 #1日1話 同居している一人息子の誕生日だ。今年で37歳になる。昨日、傾聴の本を読んだので、頭ごなしに否定はせず、息子の話を聴くようにした。大谷のニュースをみて、「野球部を辞めなければよかった」、藤井聡太のニュースをみれば「将棋をやっておけばよかった」と言う息子。(1/2)

「東京」 #1日1話 大学の軽音サークルの新歓で、くるりが好きだと隣の女の子に話をした。「私も。東京に来る夜行バスで『東京』を聴きながら来た」という彼女。そんな聴き方をもうできないのかと思うと、寂しくなった。

「ゆっくり」 #1日1話 連続殺人が今日も朝から報道された。犠牲者は4人目。身体が全部固定された状態で、顔の部分にドライヤーが据え付けられていた。「強」の状態で24時間温め続けられていたらしい。顔は低音やけどで、当てられた部分から放射状に爛れていたということだ。

「さつまいも」 #1日1話 父はいわゆる町医者だ。場所は秋田県湯沢市で、寒村も寒村だ。ある時、畑にサツマイモが植えられているのをみて、父は「あー、悪くなってるなあ」とつぶやいた。(1/2)

「遺言」 #1日1話 祖父は会社の社長だったが、後半はボケちゃっていた。死に間際、遺言をと言われ、弁護士を含めて親族全員で聴いた。祖母に何千万、母には…と一族の名前が一通り読み上げられた後、愛犬のマチャにも200万と言ってこときれた。父だけは泣かなかった。父の名前だけは呼ばれなかった。

「RX7」#1日1話 友人の車はドアが閉まらない。しっかり閉めようとした時、もし腕が挟まっていたら、ポキンと綺麗な音が鳴って血も何も出ないくらいだ。ある時、6回やっても閉まらなかったので、全体重をかけて閉めた。取手が綺麗に取れた。RX7という車の話。

「地震」 #1日1話 子供の頃、住んでいた家の近くに水道局があった。お猪口をコンリートにして、数千倍大きくしたような建造物があった。父にあれは何だと聴いてみると、「日本に供給されるヤクルトがすべて保管されてんのよ」と真面目な顔して私に教えた。一事が万事、こんな感じである。(1/3)

「夕焼け」 #1日1話 羊雲は何層にも、そして途切れ途切れに空に散らばっていた。夕日は、文字通り雲を焼くように照らしつけていた。通りの人たちは立ち止まり写真を撮っている。その中に、3人が泣いていた。うち1人は小学生低学年くらいで、３人家族だろうか。

「お野菜」 #1日1話 こんまりを五年ぶりに読んだ。五年前にときめかないものは捨てたはずなのに、こんなにときめかないものに囲まれていたのかと愕然とする。本棚の小説はすべて捨てた。残った一冊は村上春樹訳の「ティファニーで朝食を」私の本では無い。

「右翼の父」 #1日1話　1/2 父は右翼だ。右翼と言っても活動家ではなく、普段はサラリーマンである。だが、私が12歳になった時は「元服の時は切腹を学ぶのだ」とか言われ、本当に切腹の仕方を習った。「竜馬がゆく」の影響らしいから、ただの司馬遼太郎好きと言った方が正確かもしれない。

「蚊」　#1日1話 祖父の車に乗っていた時、耳から血が出た。「耳から血が出るって、死ぬ時やぞ！」と祖父は叫び、私を救急病院に連れて行った。耳の中で蚊が死んでいた。