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「記憶なく、欲望なく」は(ユングではなく)ビオンの有名な言葉だけれど、思い出すためにはいったん「記憶なく」を経なければならないのだろう。思い出すことによって、どれだけ自分にとって大切なものなのかが理解できる。それは客体/他者としてのこころを実感する瞬間でもある。
物理男性が美少女アバターを使う理由として「長く見るならかわいい方がいい」というのはあくまでキャラクターを客体として見たときの理由で、それではMMORPGのネカマさえ説明しきれないわけです。MMORPGにも「自分自身としての美少女」という側面はあり、それがいよいよ前面に出てきたのがVRでしょう。
『あげまん』観た。男にツキをもたらす“あげまん”ナヨコと、次期総理の座を狙う政治家たち、それに融資する銀行を描く。宮本信子は、先進的なシングルマザーを演じた『マルサの女』と異なり、男に仕える女という究極の客体を演じる。バブル期の政界に伊丹十三の美食趣味がスパイスとなり、豪奢。
>(欧米的な)人権って、客体(客観)である他人や太陽と違って、あくまでも主体(主観)の一部だから(つまり文化の実体は、文化そのものじゃなくて社会を構成する集団。つまり記号論)、つまり自分自身の一部だから、 雨の中の涙(ニルヴァーナに合流)のように、それは主体の死と共に消える。 >書簡体小説 pic.twitter.com/CyENUZrY8k
(欧米的な)人権って、客体(客観)である他人や太陽と違って、あくまでも主体(主観)の一部だから(つまり文化の実体は、文化そのものじゃなくて社会を構成する集団。つまり記号論)、つまり自分自身の一部だから、 雨の中の涙(ニルヴァーナに合流)のように、それは主体の死と共に消える >パラレルワールド
サークルの友達間である程度共有されてる問題に主体または客体が関わってきているのは確かなんだけど、主体とかアイデンティティがイマイチ掴めないから客体も分からない 戦後文学で言われているような曖昧な抽象物としての「虚体」がヒントになるようなならないような感じ
世の中には、「自分が主体、他人は客体」眼鏡を外してみることの出来ない人ってのがいるんすよ 例えば人を叩いて泣かせたとき、「私は痛くないからこの話はおしまい(=謝らない)」ってのはまだ良いほうで、寧ろ「私は痛くないのに、何故あの人(=被害者)は泣いているんだろう?」とか本気で言い出すのよ
-原因がないから(連続的じゃないから)。 主体(主観)に由来する原因(自由意思論、パラレル・ワールド仮説)だけでなく、客観(客体)に由来する原因(決定論)もないから。時間や空間が断続的(----)だから。 >決定論すら、星占いと同程度の慰め(五里霧中状態に対して、モデル構築による慰め)
AIアートスクール! いかにも「ショートカット世代」な親たちに刺さりそうな集金システムですね。 やはり安直さの正当化というのは、文化的にも罪ですよ。
-原因がないから(連続的じゃないから)。 主体(主観)に由来する原因(自由意思論、パラレル・ワールド仮説)だけでなく、客観(客体)に由来する原因(決定論)もないから。時間や空間が断続的(----)だから。 >決定論すら、星占いと同程度の慰め(五里霧中状態に対して、モデル構築による慰め) pic.twitter.com/KRfDgBGsk8
身体は「自分」のもっとも基礎となるものであり、健全な自我では身体はまぎれもなく「自分」であり、自分以外のなにものでもありません。 ところが、代償的自己を生きる人には、身体があたかも客体であるかのように感じられます。
今日電車で、細い♂️が落とし物拾ってしゃがんだ時、シャツからふと見える薄い胸元や細い腕に色気を感じた😊「女体みんな大好きだから客体になりガチ」の価値観が生まれるのって世間からよく「男体は女体に比べて見るとこ無いしつまんない」って言われて常識化したからだと思う
(๑╹🐽╹๑ )客体が人間かどうか確認して (๑╹🐽╹๑ )【あたって】は因果関係を肯定する意図か確認して 【目掛けて撃った】の表現はとりま置いておくとしめ、 (๑╹🐽╹๑ )人が撃っていたなら殺人罪って答える。
実力は意外なところでバレてるよ。 受験生と話するとき、 A目掛けてピストル打ったけどハズレてBに当たって死亡したら何罪になる? とよく聞くんだけど、ほとんどの人が答えられない。 そのレベルか、と思ったりしている。 実力は簡単にバレるよ。
結果(罰)から帰納法で、原因(罪)が存在することを推論。つまり結果こそが前提で客体(客観)。モデルは主体(主観)の一部。 バチが当たった(禍い)、故に神は存在する。循環論法、つまり解釈のダンス(「なんで」)。 客体が結果(現象)の断続(---)なら、主体の自由意志論やパラレル世界仮説、決定論すら慰め pic.twitter.com/ik0mk5RIbx
ある集団が共有している法や罪( あるいは自由意思や運命 )を仮定である(あるいはシミュレーションである)とした場合は、 それを保証するもの、補完して罪を実効化するのものは、例えば獄吏(ゴクリ)による刑罰行為。 * 画像: 映画「Mishima: A Life In Four Chapters」
結果(罰)から帰納法で、原因(罪)が存在することを推論。つまり結果こそが前提で客体(客観)。モデルは主体(主観)の一部。 バチが当たった(禍い)、故に神は存在する。循環論法、つまり解釈のダンス(「なんで」)。 客体が結果(現象)の断続(---)なら、主体の自由意志論やパラレル世界仮説、決定論すら慰め pic.twitter.com/zpNY0ZDsTu
人権感覚が欠如した人物のコトバが妙にもてはやされるのは、 「人権とかって、誰か知らねぇヤツの既得権みたいなモノであって、たぶん自分とは無関係でしょ」 という認識で生きている人の多さを反映しているのだろうな、たぶん。
結果(罰)から帰納法で、原因(罪)が存在することを推論。つまり結果こそが前提で客体(客観)。モデルは主体(主観)の一部。 バチが当たった(禍い)、故に神は存在する。循環論法、つまり解釈のダンス(「なんで」)。 客体が結果(現象)の断続(---)なら、主体の自由意志論やパラレル世界仮説、決定論すら慰め pic.twitter.com/hrbUGpm9JF
ある集団が共有している法や罪( あるいは自由意思や運命 )を仮定である(あるいはシミュレーションである)とした場合は、 それを保証するもの、補完して罪を実効化するのものは、例えば獄吏(ゴクリ)による刑罰行為。 * 画像: 「時計じかけのオレンジ」
[憲法13条・判例:環境権] 実定法上何らの根拠もなく、権利の主体、客体及び内容の不明な環境権なるものを排他的効力を有する私法上の権利であるとすることは法的安定を害し許されない。(名古屋高判昭60・4・12)
頭の中に本の内容しかないぐらい外向的?になって本読むと気分が楽になるーよかった 客体と同化ー、的な 不安な時本読んでるとき自分が(というか自我が?)消えてる方が雑念少なくて集中しやすい落ち着きやすいです
>(欧米的な)人権って、客体(客観)である他人や太陽と違って、あくまでも主体(主観)の一部だから(つまり文化の実体は、文化そのものじゃなくて社会を構成する集団。つまり記号論)、つまり自分自身の一部だから、 雨の中の涙のように、それは主体の死と共に消える。 pic.twitter.com/NjNV3u6fMM
人権って、客体(客観)である他人や太陽と違って、あくまでも主体(主観)の一部だから(つまり文化の実体は、文化そのものじゃなくて社会を構成する集団。つまり記号論)、つまり自分自身の一部だから、 雨の中の涙のように、それは主体の死と共に消える。 画: 神々(信者土民)が消えて、死体になった神殿
人権って、客体(客観)である他人や太陽と違って、あくまでも主体(主観)の一部だから(つまり文化の実体は、文化そのものじゃなくて社会を構成する集団。つまり記号論)、つまり自分自身の一部だから、 雨の中の涙のように、それは主体の死と共に消える。 左の画像: 死体(邪教化)。 右の画像: 生体。 pic.twitter.com/B5TLp6qy9p
人権って、客体(客観)である他人や太陽と違って、あくまでも主体(主観)の一部だから(つまり文化の実体は、文化そのものじゃなくて社会を構成する集団。つまり記号論)、つまり自分自身の一部だから、 雨の中の涙のように、それは主体の死と共に消える。 画: 神々(信者土民)が消えて、死体になった神殿
人権って、客体(客観)である他人や太陽と違って、あくまでも主体(主観)の一部だから(つまり文化の実体は、文化そのものじゃなくて社会を構成する集団。つまり記号論)、つまり自分自身の一部だから、 雨の中の涙のように、それは主体の死と共に消える。 画: 神々(信者土民)が消えて、死体になった神殿 pic.twitter.com/iI1w4v7EJg
実は私の中で、かのフィリップ・K・ディックの超悪夢SF『高い城の男』の主人公、田上信輔のビジュアルイメージは中尾彬さんなのです。第三帝国の外交官に対して勢いで啖呵を切っちゃう場面とか、まさに「中尾彬」でこそしっくり来る何かがある。 遅くなって恐縮ですが、ご冥福をお祈りします。
(欧米的な)人権って、客体(客観)である他人や太陽と違って、あくまでも主体(主観)の一部だから(つまり文化の実体は、文化そのものじゃなくて社会を構成する集団。つまり記号論)、つまり自分自身の一部だから、 雨の中の涙(ニルヴァーナに合流)のように、それは主体の死と共に消える >パラレルワールド pic.twitter.com/VeOhy65Zj3
実は私の中で、かのフィリップ・K・ディックの超悪夢SF『高い城の男』の主人公、田上信輔のビジュアルイメージは中尾彬さんなのです。第三帝国の外交官に対して勢いで啖呵を切っちゃう場面とか、まさに「中尾彬」でこそしっくり来る何かがある。 遅くなって恐縮ですが、ご冥福をお祈りします。
「推し選手」とか 客体側から出てくる言葉なの?
現在、阪神電鉄車両中吊り広告、今津駅にて #JTマーヴェラス「私たちがバレーボールをする理由」を広告展開中💚 パターンは全部で6種類! 推し選手を見つけたらその日は良い日かも? 皆さんの #バレーボールをする理由 #バレーボールをみる理由 もハッシュタグをつけて投稿してください🙌
返信先:@MX2JTSuC278lqKn他1人税法を成立させる「租税債権債務」の概念からすると、「税法に依って課税客体は租税債権を有し、納税義務者となった者は租税債務を負う」こと。 つまり「貸付無しの借金状態(負債)」を担う(引き受ける)こと。 端的に言えば 代金:反対給付がある(払う) 税 :反対給付が無い(納める)
法律学で主観・客観と言う言葉が頻出しますよね。 主観は主体の意味ですし、客観は客体の意味です。 英語のsubjectやobjectの意味を思い出してもらうとわかると思います。ドイツ語も同様と思います。 もちろん、日常用語の意味で使われるときもあります。このことは私の教科書で細かく説明しています。
クレール・ドゥニ『美しき仕事』も最高だった バチバチな映像美に組みこまれながらあくまで客体として描かれる男たちの肉体 途方もなく乾いたアフリカの空 鈍色に光るドニ・ラヴァンという身体の奇跡 欲望によるサスペンスで引っ張られていく映画が殊更好きだ