【700】 そう思いながらも僕の足は、 コン、コンと音を鳴らしながら、 夕刻の新宿へと向かうのであった。 #俳優Sの独白

【699】 潜在的な現実逃避意識から生まれた この被誘拐願望は、どういう訳か、 夢では終わらないような気がした。 #俳優Sの独白

【698】 いっそあの影が僕を連れ去って、 このどうしようもない日常から 僕を救ってくれたとしたら、 どれだけ楽になれるだろうか。 #俳優Sの独白

【697】 僕は、逃げ出したいのか？ このどうしようも無い世界から、 この夢ごと、逃げ出したいのか？ #俳優Sの独白

【696】 全ては夢であった。 それにしても、どうして こんな夢を見たのだろう。 #俳優Sの独白

【695】 ああ、今日は、 映画を観に行くんだっけ。 少し茫とした頭は、 徐々に解像度を取り戻した。 #俳優Sの独白

【694】 ――僕は不意に目を覚ました。 十四時を少し過ぎた頃だった。 窓の外から微かに雨の音がした。 #俳優Sの独白

【693】 「それならこの包丁で、 世界を変えてくれよ！」 #俳優Sの独白

【692】 僕は精一杯の力で、 包丁を持つ“僕”の右手を掴んだ。 刃先は僕の喉を捉えた。 #俳優Sの独白

【691】 「さあ、世界を変えろよ」 #俳優Sの独白

【690】 「包丁一つで、特別な人間になれよ。 そうすれば自ずとお前の夢は消えて、 お前は、全てから解放されるぜ」 #俳優Sの独白

【689】 「ならば、世界を崩壊させるか？」 影は言った。 #俳優Sの独白

【688】 僕は、酒鬼薔薇聖斗にも、 レールに散った肉片にもなれずに、 哀れに生き伸びているのだ。 #俳優Sの独白

【687】 漫然と何かを待つばかりで、 どうしようも無い日々を どうしようも無く過ごして、 自分が何をしたいのかも、 もう分からなくなっている。 その癖、そんな詰まらない 人生に何か革命を齎そうと、 自分の世界を作る覚悟も無い。 #俳優Sの独白

【686】 昨日も、今日も、明日も、 「さよなら」が言えずにいる。 #俳優Sの独白

【685】 全て、頭の中では分かっていた。 稽古場で芝居を重ねた頃の情熱も、 もう戻ってくることは無いだろう。 無駄に流れていく時間を眺め、 後は、“いつ辞めるか”だけだ。 なのに僕は、そんな状況になっても、 「さよなら」一言に躊躇している。 #俳優Sの独白

【684】 「映画も、朝焼けも、この夢も、 いつかは消えて無くなるって、 そんなことは分かってるさ。 だけど今は、それがなきゃ どうやったって生きていけないんだ」 #俳優Sの独白

【683】 「分かってんだよ、そんなこと」 #俳優Sの独白

【682】 僕は息を吸った。 そして振り返ることなく、 その声に言葉を返した。 #俳優Sの独白

【681】 これは、紛れもなく、 “僕”の声だ。 #俳優Sの独白

【680】 確信した。 これは幻覚なんかじゃない。 #俳優Sの独白

【679】 「お前には無理だ。 お前は、特別な人間じゃない」 #俳優Sの独白

【678】 傘の音が止まった。 足元に再び、あの影が射した。 喉元に包丁が伸びた。 #俳優Sの独白

【677】 「お前には無理だ」 #俳優Sの独白

【676】 一度でいいから、僕も―― #俳優Sの独白

【675】 駅に向かって歩きながら、 今観てきた映画のことを考えた。 僕よりもずっと若い役者達が 生き生きと芝居をしているのが 美しく、また、恨めしかった。 #俳優Sの独白

【674】 夜の新宿の雑踏の中を、 コン、コンという軽い音が 律動的に通り抜けていった。 #俳優Sの独白

【673】 僕は傘を蹴って歩いた。 昔からの、抜けない癖だ。 #俳優Sの独白

【672】 先までの雨は残り香を置いて、 疾うに止んでいた様子だった。 #俳優Sの独白

【671】 結局、エンドロールの最後には 何も用意されてはいなかった。 淡い余韻の中を泳ぎながら、 僕は依然賑わう映画館を後にした。 #俳優Sの独白

【670】 映画本編が終わると、 エンドロールの途中で 席を立つ人間が何人か居た。 もし最後に何か映像があれば、 それを見逃すことになるが、 その可能性は考えないのだろうか。 或いは、それを考える必要も無い程 退屈な作品だったのだろうか？ #俳優Sの独白

【669】 それはいつの間にか、 僕の中に根付いていた。 そして、僕を酷く深く蝕んでいた。 #俳優Sの独白

【668】 僕を僕たらしめているもの、 僕が他人よりも優れている所以、 そう思い込ませる劣等感の根源、 全てこの透明なプライドの所為だ。 #俳優Sの独白

【667】 つまり、元凶は、 透明なプライドなのだ。 #俳優Sの独白

【666】 下手な芝居は気持ち悪い。 堪らなく見下したくもなる。 かと言って、自分の芝居が それに優っている訳でも無い。 #俳優Sの独白

【665】 普段芝居をしている限りにおいて、 どうしても分析的な目という奴は 僕から離れてはくれない。 #俳優Sの独白

【664】 本編が始まった。 周りの観客がこの映画を "鑑賞"している中で、僕は、 演者の芝居を読み込んでいた。 #俳優Sの独白

【663】 いつか、"眺める側"ではなく、 "映る側"になる日は来るのだろうか。 #俳優Sの独白

【662】 新作映画ということもあり、 劇場は殆ど満席に近い状態だった。 携帯の電源を切り、予告を眺めた。 #俳優Sの独白