「この箱を開けてはなりませんよ」 彼女は、私にソレを手渡す。すると急に腕を掴み、私を抱き寄せてきた。唇が耳たぶに触れる。吐息、囁き、湿り。 ――中に、✕✕✕が入っていますからね。 私は驚き、箱に視線を向ける。でも、開けてはならない。 #小説に満たぬもの #小説に満たぬものを書いてみた

昨日より冷えた布団は、彼女の不在を一層強く知らせる。 #小説に満たぬもの #小説に満たぬものを書いてみた

物が捨てられないくせに、いろんなものを買いすぎるくせに、私は物質的な幸福では満たされない。 散らかった部屋の、真ん中の布団。 有り余る物質に囲まれながら、私は、いつな撫でてくれた彼女の掌を虚空に思い浮かべ、そっと目を閉じる。 #小説に満たぬもの #小説に満たぬものを書いてみた

「私は汚いの」 彼女は目を伏せた。でも私は、彼女の汚いもので押し潰されたかった。 #小説に満たぬもの #小説に満たぬものを書いてみた

撫でてほしい、と私歯ねだる。優しい彼女はそっと、触れるか否かの手つきで、傷つけないよう丁寧に触れた。 本当はもっと犬にするみたく、荒々しく撫でてほしかった。でも、その優しさが嬉しくて、ありがたくて、何も言えないくらいに幸福だった。 #小説に満たぬもの #小説に満たぬものを書いてみた

帰り道。植木の花が匂った。信号待ちをしている間だ。桃の匂いに似ている気がした。何だか淫らだ、と思った。木々に体を埋めたくなったけれど、虫がいたらかなわないからやめた。 彼女のことを思い出す。別に、似た匂いがしたわけじゃないけれど。 #小説に満たぬもの #小説に満たぬものを書いてみた

南の空で雨雲は途切れていた。朝の光がまだ見える。僕は見上げながら、やがてこちらから雲が流れ、あの光も潰されてしまうと思った。何だかそれは、少し寂しいことのように思えた。でも僕には何もできやしない。南の町でも、きっと昼には雨が降る。 #小説に満たぬもの #小説に満たぬものを書いてみた

「いいこだね」 彼女が微笑む。 許されないことをたくさんした。そのたび、彼女がすべて許してくれる。何でも、だ。罪悪感で逃げたいのに、私を後ろから抱いて動けなくする。私を固定して、惨状を見せつけて、いいこ、と耳元で囁く。褒めてくれる。 #小説に満たぬもの #小説に満たぬものを書いてみた

ひとりじゃ何にもできないね、と微笑まれる。無力なことが心地よかった。私は身を低くして、彼女を見上げる。 「ね」 彼女は小首を傾げ、私の反応を促した。おすわりした状態のまま、私は小さくうなずく。 脆弱であることを晒されて、悦ぶなんて。 #小説に満たぬもの #小説に満たぬものを書いてみた

伽十心さんの小説に満たぬものと小説に満たぬものを書いてみたというタグがすごい好きすぎて表現沼で扱ってます。皆さんのみたいなあ #小説に満たぬもの　#小説に満たぬものを書いてみた

happyendを欲しがるにはなんもかも足りないでしょう。 僕の心にある誰かも 失った誰かも 望んだのは常に優しい終わり。 心根の中に望んだのは 愛したいと愛してほしいの 相互の記憶 会いたいだけじゃ 願いは叶わないでしょ #小説に満たぬもの #小説に満たぬものを書いてみた

私たちは星々のように 巡る宙のように 出会うのだけれど。 貴女に対しても 貴方に対しても 当たり前ができなくなる時がある。 そこに哀しみができて 溝もうまれるのだが。 それでも出会えた奇跡に 感謝して 彗星のようにまた 出会いたい #小説に満たぬもの #小説に満たぬものを書いてみた

たとえば貴女が私を呪おうとしても、貴女が与えてくれた言葉や想いには感謝しているよ。 空虚な気持ちに満たされる心を与えてくれたから。 私は人形のように生きていたがそれだけで人間になれた気がした。 #小説に満たぬもの #小説に満たぬものを書いてみた

あなたの犬、私の犬と、呼びあい確かめあうほどに、窓の向こうが遠くなった。何も聞こえない。見えない。雨が降っていたなんて気づかなかった。 私は嬉しいから、あなたの犬、と繰り返す。私の犬だよ、と彼女も返してくれる。ただ、それだけの会話。 #小説に満たぬもの #小説に満たぬものを書いてみた

好きだった店が潰れる。自慢じゃないが、わりとお金を落としていた。週に何度も通っていた。そんな店が潰れる。代替は、今のところ思い浮かばない。座れないベンチみたいな店が増えたな、と思う。僕らはそうやって、世界に小突かれ、急かされる。 #小説に満たぬもの #小説に満たぬものを書いてみた

悪夢を見た。周りで殺しあいが起きて逃げる夢だ。でも、気づいたらその暴動は映像になり、私はテレビで見ていた。祖母がブラウン管の電源を落とし、微笑んだ。 目覚めて、祖母が年明けに亡くなったことを思い出す。守られたような気持ちだった。 #小説に満たぬもの #小説に満たぬものを書いてみた

飼い猫を胸に乗せ、私は寝転ぶ。 「すべて失うのに、人は長い時間をかけて幸福を求め、抱える。長いだけたくさん失う。早く死ねば痛みも少ないのに。まるで地獄だ」 猫は、そうだよ、と答えた。 「前世で悪行を重ねた動物が、人間に成り下がるのさ」 #小説に満たぬもの #小説に満たぬものを書いてみた