報道の在り方なんて100年前から変わらない。他人の不幸を面白おかしく報じ、視聴者の優越感を擽っている。 　彼が見ている映像は、その事件の一部始終を収めたものだった。会話からすると、下っ足らずな発音のアーンヴァルが盗撮したのだろう。 −1220 #巷夜姫

今日の昼、某クラブで起こった人質立て篭もり事件、マスコミは被害者である女性の過去の悪行やら、加害者である男性の二面性やらを知ったかぶりで垂れ流し、胡散臭い専門家はやはり神姫の与える悪影響についてしたり顔で話している。 −1219 #巷夜姫

巷説 夜行神姫 第十話【雫】前編 ひひひひひ。いやぁ、最高に面白い見世物だったなぁ」 「ほんとだね、ますたぁ!がんばって、とうさつしたかいが、あったよ!」 　薄暗いマンションの一室。若い男はパソコンの画面を食い入るように見ていた。 −1218 #巷夜姫

加賀美はコートを翻し、黒いワゴン車へ向かう。その形相は、閻魔すら降伏させられるほど険しい。 　その後ろを歩く千尋も、外で待っていた中屋敷も、何も言えなかった。 「雫」へ続く −1217 #巷夜姫

「…化け物なら、死人を引っ張って来ることも出来るかもな…頼む、アルを救ってくれ」 　黒衣の男へ破片を渡し、その両肩を掴んだ。ゴツゴツと節くれだった太い指だった。 −1216 #巷夜姫

「嘆くのはまだはやい。僕に預けてください。彼女だけでも…救いたい」 「しかしヒビが…」 「基盤だけならまだ間に合うかもしれない。ただし…失敗の可能性の方が高い。成功しても、リセット後のように記憶が無いかもしれない。それでも、僕に賭けますか?」 −1215 #巷夜姫

「この野郎…偽証罪だ。おおかた、あの狐かレーザーの仕業だろ」 「ばれましたか」 「ふん…ありがとよ」 　後藤田は手の平の、小さな破片を見た。 「俺はまた…娘を亡くしちまったよ」 −1214 #巷夜姫

狙撃された恐怖か殴られた怒りか分からないが、長田は震える声で「放してやれ」と言った。やはり、命を救ってもらったというのに礼の一言もない。 　加賀美がコートの襟を正す。後藤田は加賀美の耳元で小さく囁いた。 −1213 #巷夜姫

確かに床には大きな穴が開き、煙があがっている。あのまま立っていたら、ひとたまりも無かっただろう。 　長田の頬は倍くらいに腫れ、ひしゃげた眼鏡のレンズが割れている。唇を切ったのか歯が折れたのか、口元から血を流していた。 −1212 #巷夜姫

周りに居た警官が、加賀美を力付くで取り押さえる。その時、長田が立っていた床が、パンッと弾けた。 「危なかったですね。僕の神姫が教えてくれました、貴方が狙撃されると。まだ仲間の神姫がいるようですね。こうでもしないと、貴方を救えなかった」 −1211 #巷夜姫

後藤田が拳を作り、振り上げる。それを加賀美が肩を掴んで止め、後藤田を後ろへ突き飛ばした。 　そのまま、加賀美は長田を殴った。枯れ枝のような腕のどこにそんな力があるのか、長田は不格好な姿で、壁際まで殴り飛ばされた。 −1210 #巷夜姫

「なにが可笑しいんだクソ野郎…」 　長田は後藤田やアルの上司だ。上司の命が危険にさらされたなら、身を呈してかばうのは特武隊の神姫としては当然の行為だ。 　そんなことは解っている。 　だが、そんなことはどうでもいい。 −1209 #巷夜姫

加賀美はその場で崩れ落ち、レインのCSCである鉱石を拾い、握り締めた。その前を、凄まじい形相で後藤田が通り掛かった。 　我々の手柄だ、我々が解決したのだと、意気揚々に長田が笑っている。アルに救われたのに、アルの破片を踏み付けて笑っている。 −1208 #巷夜姫

振り向くと、ゼルノグラード達も各々の武器で、自らCSCを破壊していた。先程まで、ナベシマの術にかかっていたというのに。クラマが斬り、機能停止したはずの５号機すら、なぜか再起動して自らの胸をナイフで突いている。 「僕は…１機も救えなかったのか……」 −1207 #巷夜姫

引き金を引く。乾いた銃声とともに、砕けたCSCが背中から吹き出た。 　キラキラと光る小さな鉱石が、チリンと音を立てて床に散らばった。 「博士!猫憑きが…効かないよ!?」 −1206 #巷夜姫

「ごめんね隊長。でも私…隊長のこと大好きだよ」 　隊長が泣きながら自分の名を呼んでくれた。 　ほんの少し、報われた気がする。 「柩まで一緒に逝きたかった…さよなら隊長」 −1205 #巷夜姫

「報われないよねぇ…どんなに尽くしても、どんなに想っても、我が身を投げ出して人を救っても報われない。人間にとって神姫は、使い捨ての消耗品に過ぎないんだ。どんなに人間を想っても、神姫の手は小さすぎるよ」 　レインは銃口を自分の胸に当てた。 −1204 #巷夜姫

「私は…常に隊長の側に居たかった。隊長の役に立ちたかった。例え、あんたの言う鬼になっても、それが隊長の望みなら構わなかった。なのに、結局は隊長を怖がらせてたなんてさ…」 　レインは踏み潰されたアルの残骸を見ている。 −1203 #巷夜姫

その中、後藤田だけがうずくまり、アルの一番大きな残骸、CSCユニットを守っていた。しかしそのユニットにも、無惨に大きな亀裂が入っている。 −1202 #巷夜姫

「松村を逮捕しろ!」 　警官達は加賀美を乱暴に押しのけ、松村を床に組み伏せた。命を救ったアルへは一瞥もくれない。それが当たり前だというように。 　警官達がアルの残骸を踏み付ける。パキパキと嫌な音が妙に耳に響く。 −1201 #巷夜姫

神姫サイズとはいえミサイルなら人間にとっても致命傷は免れない。 　長田の前に、白い塊が割って入った。 「アル!」 　入口から離れた所で、後藤田の悲痛な声がする。 　アルは身を呈して長田を守り、爆散した。 −1200 #巷夜姫

口汚い加賀美の言葉を千尋は初めて聞いた。非常口には、長田が残した部下がへらへらと笑っている。彼が合図したのだろうか。 「もういいよ加賀美さん…あんた……いい人だね」 　レインは寂しそうに笑い、ミサイルランチャーに残されていた最後１発を撃った。 −1199 #巷夜姫

「やめろ!邪魔をするな!!」 　加賀美が柄にもなく大声を出した。松村やレインの前に、両手を広げて立ちはだかる。 「馬鹿野郎!これでは誰も救えない!!」 −1198 #巷夜姫

加賀美の手へ、自らも伸ばそうとした時、乱暴に入口が開けられた。 「今だ!逮捕しろ!!」 　長田の耳障りな甲高い声が響く。十数人の警察官が、一気になだれ込んできた。 −1197 #巷夜姫

隊長が由紀と付き合っていた時も、いつ捨てられるか怖かった… 　戻りたい。ただの神姫だった頃に 「たす…けて………」 　消え入りそうなレインの声を加賀美は聞き漏らさない。レインへそっと手を差し延べた。 −1196 #巷夜姫

この男は嘘は言わない。ならば、私を救ってくれるのか…私はただ、マスターである隊長と一緒に居たかっただけなのに… 　隊長を失うことが怖かった。反対したら、窘めたら、捨てられるかもしれないからだ。 −1195 #巷夜姫

しかし、嘘は言っていない。 　突拍子も無い化け物の語りも、その一つ一つが符合していき、いつしかその語りに引き込まれ、気がつけば妖怪が出来上がっている。 　天井下…茨木童子は私だ。 −1194 #巷夜姫

クラマはそのまま太刀で視界を遮り、ナベシマの猫目からガードした。 　この一瞬の攻防で、ブラッディ・レイン軍は潰滅した。 「レイン君…僕は君を救いたいんだ」 　加賀美が優しく語りかける。この男の言葉は毒だ。惑わされ、掻き回され、滅んでいく。 −1193 #巷夜姫

一方、クラマは加賀美の前に踊り出て、ミサイルを切り裂く。このタイミングを見計らうために、クラマのみ加賀美の方を見ながら戦っていた。ミサイルは二手に別れ、加賀美を避けて入口付近で爆発した。爆風が加賀美のコートの裾をはためかせる。 −1192 #巷夜姫

戦いに集中するあまり、猫目から発せられる特殊な電波を防ぐことができず、ナベシマと強制的に動きをシンクロさせられる「猫憑き」にかかってしまったのだ。そのために、夜行神姫達は加賀美を背にし、敵に猫目を見せやすい位置で戦っていたのである。 −1191 #巷夜姫

カーテンを切り裂いた猫又型MMSナベシマは、何事かとこちらを向いたゼルノグラート達に両腕の猫目を見せた。その目に魅入られたゼルノグラート達は、動きを止めてしまった。 −1190 #巷夜姫

千尋は由紀を抱きよせ、うずくまる。そこに目掛けて撃たれたミサイルは、途中何等かの力場により軌道を捩曲げられ、天井にぶつかって爆発した。千尋の傍らにいる塗壁型MMSフスマのバリアが２人を守ったのである。 −1189 #巷夜姫

予期せぬ出来事だったとはいえ、神姫であるレインが避けることも出来ず、そのまま吹き飛ばされてしまう。しかし、吹き飛ばされながらもミサイルを数発撃った。 −1188 #巷夜姫

クラマがゼルノグラード５号機をいとも簡単に斬り倒し機能停止に追い込み、加賀美の前に踊り出るのと、奥の壁にかけられているカーテンが切り裂かれ、千尋が駆け寄るのと、ほぼ同時に起こった。 　千尋は手刀でレインを打つ。腰の入ったキレのある手刀は訓練の賜物だろう。 −1187 #巷夜姫

レインは武装をロケットランチャーへと換装、銃口を由紀から加賀美へと変え、ロケットを撃った。 　銃口が加賀美に向けられるその瞬間、ミズハはジャミングを切る。これが外で待機する、千尋への合図だ。 −1186 #巷夜姫

「レイン君。君が抱く主への想いは偽物だ。真に想うなら諌めるべきだった。見るがいい、主の姿を。その女性の姿を。復讐を果たした後、君は何になるつもりだったんだい？」 　松村を見る。憔悴した顔、そして… 　自分を畏れている目。 「だまれ…黙れ黙れ黙れぇ!!」 −1185 #巷夜姫

一瞬目が合った。切れ長の目が嗤っている。余裕のつもりなのか。 　憎い。この男が憎い。この男の神姫が憎い。この男が現れ、隊長が甘言に丸め込まれてからおかしくなったんだ。 −1184 #巷夜姫

良くない。ただの神姫バトルに負けるなど有り得ない。加賀美の向こうには、加賀美を背にして戦う夜行神姫達の姿が見えた。この期に及んでまで、まだ自らを盾として戦うというのか。 　ただ１機、天狗型MMSクラマのみがこちらを向いている。 −1183 #巷夜姫

「加賀美さんって言ったっけ…あんたの洞察力はたいしたもんだ。逆に僕は、あんたのことが全然読めない…僕に勝ち目はないな…」 「何を言うのですか隊長!我々はただの神姫ではない、こんな戦況などひっくり返せます!」 「もういいよレイン。もう終わったんだ…」 −1182 #巷夜姫

「レイン君、君は神姫ではなくなった。神姫でない君は、結局は松村さんの手から離れていった。松村さん、貴方は僕が持ち掛けた神姫バトル、それでレイン君本来の姿を取り戻してほしかったのでしょう。結果はどうでしたか?」 −1181 #巷夜姫