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口実を手前勝手に仮定推量している人の歌、ということになる。 ↑これ なんか虫が良すぎて💢怨まないわけないだろ!と突っこみたくなる。どっちの解釈もヘンだと私は思う。 #藤原朝忠#醍醐天皇 の外戚の定方の五男 定方も #百人一首 に「名にし負はゞ…」の歌が採られていて #紀貫之 ら歌人達の後

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援者の1人だった。 #藤原朝忠 は敦忠 の4歳年下 960年の天徳内裏歌合の頃は敦忠(37歳)は亡くなっていて既に17年経っている。 そんな時期に朝忠(50歳)が昔の #源等 の娘の自裁と敦忠のことを どう思ってか歌に詠んだ ↑私はそんなふうに感じるのだ。 『#拾遺和歌集』撰者も定家もそう考えたから撰んだ

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