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二首目は牧野城から岡部元信(長教)ら武田方の今川旧臣を説得できずに秋が終わる憂鬱を詠んだ。年末には同胞相討つ哀しみに耐えられない想いを長歌に詠み、牧野城を去る意思をほのめかしている。 #今川氏真 #今川復権 #評伝今川氏真みな月のみしかき影をうらむなよ x.com/SagaraSouju/st…
九月が終わる今日も氏真さんの一首を。 於諏訪原折〱書留之 初秋のうきたくひかは長月のつきぬる空の入あひの鐘(1―401) 天正四年(1576)、武田方の今川旧臣調略が進まずに秋が終わるのを前年の初秋の訪れ以上に嘆いた。 #今川氏真 #今川復権 #評伝今川氏真みな月のみしかき影をうらむなよ
九月が終わる今宵は氏真さんの悲しげな二首を再掲。 一首目は死去前年の一首。二月に正室早川殿を喪って哀愁を深めたようだ。 #今川氏真 #今川復権 #評伝今川氏真みな月のみしかき影をうらむなよ(続 x.com/SagaraSouju/st…
今日も氏真さんの一首を。 九月尽 暮て行物かなしさもとし〱の数にそひぬるけふの秋哉(6ー799) 慶長十八年(1613)?正室早川殿を失った氏真最晩年。年を重ねるほど悲しさが増すという。氏真はこの翌年に死去。 #今川氏真 #今川復権 #評伝今川氏真みな月のみしかき影をうらむなよ
秋分の日に義元公の一句と氏真さんの一首を再掲。 父子ともに今川家に恥じない文武両道を心がけていただろう。 #今川義元 #今川氏真 #今川復権 #評伝今川氏真みな月のみしかき影をうらむなよ x.com/SagaraSouju/st…
やはり月の歌を詠んでいるのですね。 義元も氏真も、月を題に色々詠んでいます。 扣 氷 茶 煎 月(氷をたたいて月に茶をいる) 義元十五歳の和漢聯句 秋の海や磯打つ波をみわたせば月かげくだくをちの浦風 氏真十二歳以前の歌 宗長は吐月峰を眺め、築山殿は月山殿?今川家は月が好き? x.com/sama_riii_/sta…
佐久間信盛追放の日はこの二首を再掲。 「ことはりを~」は前後に七月と九月の歌があり、信盛ら老臣を追放した信長の独善を憎む。「背かしと~」は武田滅亡後駿河復帰を許さなかった信長に憤慨したらしい。 #今川氏真 #今川復権 #評伝今川氏真みな月のみしかき影をうらむなよ x.com/SagaraSouju/st…
今川氏真も信長に消されかけた一人です。 ことはりをよそには清くたゝすかなをのれ心の真なき身も(6―140) 背かしと我身ひとつはおもふかな曲りてとめる人をみつゝも(6―170) 上は林秀貞たち追放、下は駿河を返してもらえない憤りを詠んだ? #評伝今川氏真みな月のみしかき影をうらむなよ x.com/naruseyanoken1…
旧暦八月十五日なので氏真さんの八月十五夜🎑十五首の一首を再掲。 天正三年(1575)諏訪原城包囲中、一緒に月見した「友」から約束されたという。家康から駿河復帰の約束では? #今川氏真 #今川復権 #評伝今川氏真みな月のみしかき影をうらむなよ x.com/SagaraSouju/st…
今日も氏真さんの一首を。 月前祝 忘るなよ行末かけて久方の月に顕す千々のことのは(1―377) 天正三年(1575)諏訪原城攻囲中の八月十五夜。家康と駿河復帰の約束をした? #今川氏真 #今川復権 #評伝今川氏真みな月のみしかき影をうらむなよ
後の名月九月十三日、天正三年(1575)氏真さんの九月名月十三首から、君が代と国民を祝う十三首目を再掲。 七月中旬からの出陣で諏訪原城陥落、家康から入城や駿河入りでいい話を聞いて上機嫌? #今川氏真 #今川復権 #評伝今川氏真みな月のみしかき影をうらむなよ x.com/SagaraSouju/st…
後の名月も氏真さんの一首を。 九月名月十三首 月前祝 曇りなき君か代の影も久方の月をそあふく四方の国民(1―396) 天正三年(1575)九月十三日。武田攻めから帰って上機嫌だったようだ。 #今川氏真 #今川復権 #評伝今川氏真みな月のみしかき影をうらむなよ
今日も氏真さんの一首を。 契 恋 かはらしよ我もといひし言葉にうちまかせぬは心なりける(7―8) 天文二十一年(1552)冬、十五歳。三条西実澄と小田原を訪れ、北条氏康と三人で十五首を詠んだ。恋の相手は築山殿と思われる。 #今川氏真 #今川復権 #評伝今川氏真みな月のみしかき影をうらむなよ